青空の下に佇む重厚な茅葺き屋根が特徴的な日本の伝統的な古民家で、経年変化した味わいのある木材の壁や瓦葺きの庇、白い漆喰壁が調和し、歴史の重みと当時の建築様式を今に伝える貴重な家屋の外観を捉えた写真

山口亮一旧宅

庭先に淡いピンク色の梅の花が咲き、竹垣に囲まれた趣のある日本庭園の奥に、重厚な茅葺き屋根と白い漆喰壁が美しい平屋建ての古民家が静かに佇んでいる写真

山口亮一旧宅

日本の伝統的な古民家の内部で、濃い茶色の太い梁や柱が白い漆喰壁と美しいコントラストを成し、開放された木製の引き戸の先には畳が敷き詰められた広々とした和室が奥まで続く、歴史を感じさせる静謐な室内風景の写真

山口亮一旧宅

山口亮一画伯

山口亮一画伯(1880年~1967年)は、明治13年(1880年)に中野致之の次男として生まれ、同19年に蘭学医であった山口亮橘の養子となった。姉の磯千代は洋画家の久米桂一郎に嫁ぎ、伯父には洋画家の小代為重がいて、師匠には黒田清輝、岡田三郎助、義兄の久米と、明治における洋画家のそうそうたる開拓者たちの薫陶を受けている。

東京美術学校西洋画本科を首席で卒業したが、親のこともあって佐賀に帰り、大正2年に現在も続いている佐賀美術協会を岡田や久米とともに創設した。

この旧宅は、山口画伯が佐賀に帰ってからの創作活動や洋画研究所を創立し後進の指導の場として、いわば、当時の佐賀の美術界の拠点的な場所であったといえる。ここから佐賀を代表する美術関係者が数多く育っている。

建物の特徴

旧宅の主屋は、山口亮一画伯の養祖父にあたる梅堂が10代藩主鍋島直正公の御典医としての地位を得た天保期に、白石の須古にあった建物を解体し、現在地に移築したと伝えられている。

主屋の屋根は、寄棟造り茅葺きの上屋を桟瓦葺きの下屋が巡る形式である。

外壁は、街路に接する面に腰高の竪板をはめ、上部を漆喰で塗込めている。

明治期に大幅な増築や改造が行われ、戦後、市の所有となるまでの間に明治期に増築された人力車庫、茶室等も解体され、移築当時の姿を伝えるのは茶の間、納戸のみである。

しかし、複雑な経緯を辿りながらも、明治期の佐賀を代表する洋画家として知られる山口亮一画伯が生活した住居としての由緒、街路と屋敷構え、そして水路が一体となった歴史的環境としての価値は高い。

所在地

佐賀市与賀町1368番地1

交通アクセス

車:長崎自動車道佐賀大和インターチェンジから約25分

バス:佐賀駅バスセンターから佐賀大学方面「与賀町」バス停下車、徒歩約5分

開館日

活用候補者が、エフデデザインワークスに決定しました。

これからトライアル活用で、展示やワークショップの開催を予定されています。

令和7年度は、活用日のみ開館しています。

活用日(開館日)は、下記連絡先やインスタグラムでご確認ください。

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連絡先

エフデデザインワークス

電話 090-1963-0800

メール y.ryoichikyutak@gmail.com

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この記事に関するお問い合わせ先

経済部 歴史・文化課 歴史資産活用係
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