佐賀市重要無形民俗文化財の紹介です。

東与賀銭太鼓

青と白の縞模様のテントの前で、お揃いの青い法被と赤い袴を身に纏った子供たちがステージの上に三列に並んで座り、手に持った道具を振りながら伝統的な踊りを披露している東与賀銭太鼓の写真

所在地/佐賀市東与賀町

指定年月日/平成19年9月26年

発祥は、現在の島根県から川副町広江地区および東与賀町今町地区に明治後期に伝えられた。児童館のリズムダンスの子どもたちにも継承され、町内外で披露されている。

快万浮立

神社の境内で、青いチェック柄の法被を着て赤い飾りのついた棒を持つ子供たちが、のぼり旗を掲げた茶色の法被姿の男性に先導されて列をなし歩いている快万浮立の写真

所在地/佐賀市久保田町快万

指定年月日/平成19年9月27日

「銭太鼓」と「もりゃーし」がある。快万に現存する浮立鉦で最も古いのが明治3年(1870年)製であるので、少なくとも150年の歴史があると思われる。

松枝神社奉納浮立

屋外の広場で、波模様が描かれた白い着物や袴をまとい、花飾りがついた大きな笠を被った男性たちが、横笛を吹いたり太鼓を叩いたりしながら舞を披露している松枝神社奉納浮立の写真

所在地/佐賀市川副町大詫間 松枝神社

指定年月日/昭和56年12月15日

約300年前から伝承されてきたものである。御供日には豊作豊漁を感謝、祈願して松枝神社(大詫間)に奉納される伝統的民俗芸能である。天衝舞の舞人は天衝という冠をかぶり、神前で囃子に合わせて舞い、太鼓を打つ。

海童神社奉納浮立

神社で高く掲げられた紺色ののぼり旗が並び、その前で白黒の格子模様の衣装にピンクの花飾りをつけた踊り手が、大きな和太鼓の音に合わせて伝統的な舞を披露している様子の海童神社奉納浮立の写真

所在地/佐賀市川副町犬井道 海堂神社

指定年月日/昭和56年12月15日

約300年前から伝承されてきたものである。御供日には豊作豊漁を感謝、祈願して海童神社(犬井道)に奉納される伝統的民俗芸能である。天衝舞の舞人は天衝という冠をかぶり、神前で囃子に合わせて舞い、太鼓を打つ。

高木八幡ねじり浮立

境内で、雲の模様が描かれた巨大な三日月形の被り物を頭に乗せ、全身白い装束を纏った踊り手が、片足を高く上げて力強く地面を踏みしめながら伝統的な舞を披露している高木八幡ねじり浮立の写真

所在地/佐賀市高木瀬東12-8

指定年月日/平成20年11月12日

「高木八幡ねじり浮立」は、以前は11月15日の高木八幡宮秋祭り(お供日)に奉納されていたが、現在は11月中旬の日曜日に実施している。構成は天衝舞・大太鼓・鉦・モリャーシ(締め太鼓)・笛・お謡いなどからなり、鉦打ち・モリャーシがそれぞれ2列になって笛に合わせて「道行」で神前まで進み、神前で舞う祓え=本囃子と「エイヤー」と「まくり」が奉納される。天衝舞は大太鼓や笛に合わせて勇壮に舞う。

この浮立の呼称は、青壮年男子が掛け声とともに、上体をねじらせて鉦を打ち、モリャーシの子どもたちも鉦打ちと同様の所作をして小鼓を打ちことから「ねじり浮立」と呼ばれるようになった。また、鉦打ち・モリャーシともに頭の上に「旗さし」を立て、女物の衣装・稚児衣装をまとうところは、勇壮な中にも派手さの混じった舞囃子である。

太田の浮立

境内で、大きな鍬形のような被り物を着けた黒い衣装の踊り手が先頭に立ち、その後ろに色鮮やかな花笠を被り太鼓を抱えた子供たちが一列に並んで伝統的な祭りの儀式を行っている太田の浮立の写真

所在地/佐賀市諸富町大字大堂1663番地の1

指定年月日/昭和63年3月1日

「浮立」は佐賀、長崎を中心に伝承されている民俗芸能で、太田の浮立は「天衡舞浮立」と呼ばれています。伝承では、「掘江大明神(佐賀市神野)雨乞い祈願に神官の山本玄蕃が創始したもの」あるいは、川副町の由来『玄蕃一流奥傳巻』によると「川副郷寺井津の住人玄蕃亮常が徐福上陸のとき当時中断していた浮立太神楽を再興し、金立山に同行したもの」とも伝えられています。天衡舞浮立は、神野系、市川系、七山系・川副系の四系統に分類され、太田の浮立は川副系とみられます。奉納は、5年に1回、秋の例祭に行われます。

小松の浮立

校庭のような開けた場所で、大きな角のような被り物をした踊り手が片足を高く上げ、その後ろでピンク色の衣装を纏い花笠を被った人々が列をなして伝統的な舞を披露している小松の浮立の写真

所在地/佐賀市蓮池町大字小松(小松浮立保存会)

指定年月日/昭和42年2月11日

平清盛が福原(兵庫県)に新都を築いたとき、何度島をつくっても波で流されたため、平家の公達一人が人柱に立ち、浮立を演じ完成を祈願したところ、無事に完成することができたそうです。平家滅亡後、この地に落ちのびてきた平家の残党が小松殿、平重盛を追慕してこの浮立を小松神社に奉納したのが小松浮立のはじまりと伝えられます。この小松浮立が他の天衝舞浮立(てんつきまいふりゅう)と異なる点は、笛が用いられず、ゼイが用いられることです。

浮立玄蕃一流

神社の石鳥居を背に、巨大な三日月形の被り物をした踊り手が中心で舞い、その両脇を鮮やかな青い法被を着て赤い飾りのついた棒を持つ子供たちが囲んで伝統的な舞を披露している浮立玄蕃一流の写真

所在地/佐賀市神野西2丁目(掘江神社)

指定年月日/昭和43年2月11日

弘治2年(1556年)5月、かんばつを嘆いて掘江大明神に雨乞い祈願のために大宮司山本玄蕃(げんば)が浮立を舞ったので、自然に“玄蕃一流”と呼ばれるようになったと伝えられます。現在、天衝舞1名、大太鼓打ち3名、小太鼓15名、鐘25名、笛3名、調子方7名、謡方3から5名で行なわれています。佐賀県内にはこの玄蕃一流の流れをくむ浮立が数多く残されています。

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