石長寺中興記碑

所在地

佐賀市与賀町257-1(石長寺境内)

指定年月日

平成31年1月7日

概要

 石碑は安山岩製で「石長寺中興記」の碑と亀趺という亀形を呈した台座からなる。碑部は光背状を呈し、碑面は一段掘りくぼめられてやや波打つが平滑に仕上げられている。
 碑面に書かれた文字は題字・本文とも陰刻で書体は楷書である。文字は頂部に横書きで、表面に「石長寺」裏面に「中興記」を刻み、その下に縦書きで表裏ともに1行47文字で15行の文字を配する。文字の縦横はきちんと整えられているが罫線は刻まれていない。拓本により裏面の文字は判読できたが、表面は裏面に比べると風化が著しく、判読が困難になりつつある。
 台座の亀趺は南向き(旧位置図では東向き)で、頭部を欠損している。亀趺は、現在までのところ、佐賀県下で約20例が知られているが、この「石長寺中興記碑」と多久市西渓公園内にある「大宝聖林萬古長春石」碑以外は明治期のものであり、享保14年(1729)銘の「石長寺中興記碑」は正徳5年(1713)銘の「大宝聖林萬古長春石」碑に次いで古いものである。なお、「石長寺中興記碑」は石長寺境内に置かれているが、道路拡張により原位置ではない。

砂利が敷かれた開けた墓地の一角に、舟形を模した大きな石碑が中央に立ち、その背後には小さな石仏が四体一列に整然と並んでいる写真

江里天満宮石造多宝塔

所在地

佐賀市鍋島町大字森田2273(江里天満宮境内)

指定年月日

平成31年1月7日

概要

 多宝塔は凝灰岩製で、相輪及び屋根部分が失われて塔身のみとなり、基礎は別石である。塔身には、浅い蓮華形の仏龕(高さ27センチメートル、幅20センチメートル前後)と、蓮の台座に坐した四方仏(蓮台含め像高20センチメートル前後)が刻まれている。また塔身の肩部、仏龕の上部左右に薬研彫りの種字8文字が刻まれている。
 仏像は像容が不鮮明な部分もあるが、次のように推定できる。

  • 智拳印を結んだ金剛界大日如来坐像(印相の手が通常の逆。)
  • 禅定印の釈迦如来坐像
  • 阿弥陀定印の阿弥陀如来坐像
  • 施無畏印(または与願印)に薬壺を持つ薬師如来坐像

 種字は一辺10センチメートル前後の大きさで、大日如来の仏龕の左上から順に、「ユ・ア・キリーク・ケン・バク・カン・ラン・バン」となっている。
 この他、四方仏の仏龕と仏龕の間には造立銘が刻まれている。

竹林の根元にひっそりと佇む、側面に小さな仏坐像の浮き彫りと無数の漢字が刻まれた円筒形の古い石造物の写真

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