佐賀県重要無形文化財の紹介です

名尾の手漉き和紙

薄暗い工房の中で、男性が木製の大きな漉き枠を両手で持ち、水槽の中で原料を汲み上げながら一定のリズムで揺らして和紙を漉き上げている様子の写真

所在地 佐賀市大和町名尾字原

保持団体 名尾紙保存会(会長 谷口祐次郎)

指定年月日 令和2年4月30日

名尾紙の生産は元禄年間(1688年~1704年)まで遡ります。耕地が少なく農家の生活が困難であるのを憂いた納富由助が、筑後溝口村で僧日源の教えを受け、農家の副業として村民に伝えたのが名尾紙の始まりとされています。

名尾地区は脊振山に源を発する田中川や名尾川沿いに位置し、手漉き和紙生産に欠かせない良質の水を確保することができました。また、繊維が太く長い梶を原料とした紙は、地合がよくしまり、紙面に毛羽立ちが生じにくく、極めて強靭であり、紙色や紙肌にもその特色がよく発揮され、強靭性が特に求められる障子紙・提灯紙・傘紙などが生産されました。

こうした名尾紙の特色は、吟味精選された原材料の製造をはじめ、入念な伝統技術を駆使したもので、純生漉きの和紙としてその価値は高いものです。

ガラス工芸技術(宙吹き)

工房の中で、白いハチマキを締めた男性が長い吹き竿を構え、先端に付いた赤く熱を帯びて丸く膨らんだガラスに息を吹き込み、慎重に形を整えている様子の写真

所在地 佐賀市道祖元町

所有者 ガラス工芸技術(宙吹き)保存会

指定年月日 令和7年8月22日

佐賀県におけるガラス容器製造の技術は、長崎から武雄に伝わり、佐賀藩が近代的軍備研究のために設立した精煉方により製造されたことが始まりとされます。嘉永5年(1852年)、佐賀藩主鍋島直正が佐野常民を中心に蘭学者などを集め、佐賀城下多布施川沿いに精煉方を設置、明治初めに鍋島家の管理下となり、明治16年(1883年)に精煉社として民間経営に移行、明治27年(1894年)には佐賀精煉合資会社に組織替えされ、理化学用材や日用雑器のガラス製品を製造していました。この佐賀精煉合資会社に従事し技術を保持していた副島源一郎氏が独立して、副島硝子工業が設立されました(現在の副島硝子工業株式会社)。

宙吹き技法とは金属竿に息を吹き込み、型を用いずガラス製品を成形する技法を指します。なかでもガラス竿を用いて成形する宙吹き技法は「ジャッパン吹き」と呼ばれ、日本独特のガラス工芸技術です。
「ジャッパン吹き」は金属竿に比して持ち回しが軽く、ガラスが空気以外に触れることがないため、より滑らかな肌合いに仕上げることができます。その一方で、ガラス竿は成形中に熔解していくため、通常の製造過程に見られる焼き戻しを行うことができず、時間的制約のなかで完成する必要があるほか、製品によっては2本のガラス竿を同時に操作する必要もあり、より高度な技術と無駄のない動きが求められます。
ガラス製品を製造する団体は全国各地に存在しますが、宙吹き技法、なかでも「ジャッパン吹き」でガラス容器等を製造する例は極めて希少です。
現在、県内では本保存会のみが江戸時代末期の宙吹き技法を継承しています。

この記事に関するお問い合わせ先

地域共創部 文化財課 総務企画係
〒840-0811 佐賀市大財3丁目11番21号 大財別館2階
電話:0952-40-7369
ファックス:0952-26-7378
専用フォームで担当課にメールを送る