広大な平野を流れる大きな川と、その川岸に広がる集落や整然と区画された田畑を上空から俯瞰し、遠方の地平線まで続くのどかな田園風景と川に架かる橋を捉えた航空写真

三重津海軍所跡全景

ぬかるんだ泥土の底から発掘された、複数の杭や横木を複雑に組み合わせて作られた古い木製のドック護岸を斜め上から見下ろし、発掘調査現場の様子や周囲に垂れ下がる青い計測用テープを捉えた上空からの写真

ドライドックの木組遺構

日本の近代造船の礎

「三重津海軍所」とは

安政4(1857)年に佐賀藩は海軍取調方を置き、翌年三重津に御船手稽古所を置いて独自に海軍技術の教練を行うことにしました。これが三重津海軍所のはじまりです。

安政6(1859)年2月、幕府が長崎に置いていた「長崎海軍伝習所」での海軍伝習を中止。そのため幕府から佐賀藩預かりとなった蒸気船「観光丸」等を使い、三重津で伝習を継続するようになり、調練場などさまざまな施設が整備されていきました。

また、単なる伝習所としてだけでなく、蒸気艦船の製造も目指しました。そして慶応元(1865)年に田中久重父子らによる、日本初の実用蒸気船「凌風丸」を完成。佐賀藩は並行して艦船の購入も進め、国内屈指の海軍力を有していました。

歴史に果たした役割

慶応4(1868)年、討幕軍として戊辰戦争に参加した三重津の佐賀藩兵は、函館の五稜郭攻撃にも出陣し、その優れた海軍力と近代兵器で大きな活躍を見せました。

明治維新以降、佐賀藩は軍艦や付属の器物などを新政府に献納、日本海軍の設立に寄与しました。その後、海軍所跡地は商船学校となって日本の近代化に役立つ人材を育成しました。

関連年表

  • 弘化3年 1846年 12月 佐賀藩、幕府に海軍創設の伺いを出す
  • 安政2年 1855年 10月 幕府、長崎に長崎海軍伝習所を配置、佐賀藩から多数の藩士を派遣
  • 安政5年 1858年 2月 佐賀藩三重津に御船手稽古所を設ける
  • 万延2年 1861年 7月 三重津に汽缶製造所を建てる
  • 文久3年 1863年 10月 三重津で幕府注文の蒸気缶完成
  • 慶応元年 1865年 10月 三重津海軍所で国内初の実用蒸気船凌風丸を完成
  • 慶応2年 1866年 5月 イギリス製蒸気船皐月丸を購入
  • 慶応4年 1868年 1月 イギリス船、孟春丸を購入

現在の姿

平成13〜15年度にかけて発掘調査が行われ、その遺構が明らかになりました。現在は佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館および佐野記念公園として整備され、三重津海軍所関連の遺構は公園地下に保存されています。

平成21年度からは、世界遺産登録を目指して遺跡の真実性と完全性を証明するために、発掘調査や文献調査を進めてきました。

平成27年7月、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産として、世界遺産に登録されました。今後も発掘調査を継続していく予定です。

三重津海軍所跡へのアクセス

三重津海軍所跡の大部分は、佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館に隣接する歴史公園となっていますので、佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館(外部リンク)を目印にしてお越しください。

自家用車

  • 長崎自動車道佐賀大和インターチェンジから車で40分
  • 九州佐賀国際空港から車で15分
  • 有明海沿岸道路諸富インターチェンジから車で約1分

バス

  • JR佐賀駅バスセンターから佐賀市営バス諸富・早津江線にて30分「佐野・三重津歴史館入口」バス停下車、徒歩約10分
  • 西鉄柳川駅から西鉄バス久留米沖新線にて30分、終点「早津江」バス停下車、徒歩約10分

この記事に関するお問い合わせ先

地域共創部 文化財課 史跡整備係
〒840-0811 佐賀市大財3丁目11番21号 大財別館2階
電話:0952-40-7109
ファックス:0952-26-7378
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