気づけばそばにある丸ぼうろ。佐賀で長く親しまれてきた、いつもの味。

冷たい空気が頬に刺さる2月。あたたかい飲み物と一緒に食べたくなるのは、やさしい甘さの丸ぼうろ。佐賀で暮らす私たちにとって、丸ぼうろは気づけば家にある、身近でどこか懐かしいお菓子です。 丸ぼうろのはじまりは、江戸時代前期。南蛮貿易を通じて長崎から佐賀にその製法が伝わったとされ、当時は今よりも硬めで、クッキーのような食感だったそうです。時代とともに変化してきましたが、卵・砂糖・小麦粉を使ったシンプルなレシピは、時代を超えて受け継がれてきました。市内には、丸ぼうろを作るお菓子屋さんが数多くあり、どこのものが好きかは人それぞれ。「この味で育った」「どのお店のを贈り物にいしよう」など会話が弾むのもこのまちならではです。丸ぼうろ作りは、一見シンプルに見えながらとても奥深いと言われます。その日の気温や湿度で記事の状態が変わるため、材料の量を少しずつ調整しながら焼き上げる。ちょっとした材料や製法の差が、それぞれのらしさを作りあげています。職人さんの経験や勘が、そのおいしさを支えているのです。 こどもの頃から何気なく食べてきた丸ぼうろ。けれど改めて味わってみると、そのやさしい甘さと香りに心がほっとほぐれます。素朴な味に込められた歴史と職人の技を思うと、いつものお菓子が少し特別なものに感じられます。
堤一博(株式会社鶴屋菓子舗 代表取締役)

1|佐賀の「丸ぼうろ」
佐賀で育った人にとって、丸ぼうろは「買うお菓子」というより、気づけば家にあるお菓子かもしれません。祖父母の家の戸棚に、来客用のお茶請けに、誰かからの手みやげに。ふとした日常の片隅に、あの素朴な甘さが置いてあります。
鶴屋の代表取締役・堤 一博(つつみかずひろ)さんも、丸ぼうろを“朝ごはんで無理やり食べさせられていた”と笑います。バターを塗ったり、牛乳と合わせたり。小さい頃から体にしみついた味は、懐かしさと同時に、「シンプルだからこそ、むずかしい」という作り手の目線へもつながっていました。

2|変わり続けてきた、あの味
鶴屋は創業1639年。
堤さんは、鶴屋の丸ぼうろの由来として、2代目が長崎の出島へ行き、そこで丸ぼうろに出会い、持ち帰ってつくり始めた。そんな話を伝え聞いていると語ります。
長い歴史のある老舗だからといって「昔からずっと同じ味を守ってきた」というわけではありません。鶴屋に保管された古文書によれば、江戸時代初期の丸ぼうろには卵が使われておらず、今よりもずっと硬く、クッキーのような食感だったそうです。時代が進むにつれて材料や製法は少しずつ変わり、現在の丸ぼうろの形に近づいてきました。

3|「今日いちばん」を届けるために
そして現在も、その姿勢は変わっていません。温度や湿度によって生地の状態は日々変わるため、材料の分量は毎日同じではありません。冬場は水分の調整として卵の量を増やすなど、細かな調整を重ねながら焼き上げていると言います。丸ぼうろは材料がシンプルなぶん、ごまかしがきかないお菓子です。素朴に見える一枚の裏側には、日々の判断と手間が積み重ねられています。目指しているのは、年間を通して同じものをつくること以上に、「その日にいちばんおいしい丸ぼうろ」を届けること。堤さんの言葉からは、老舗として積み重ねてきた時間への誇りが感じられます。

4|目指すのは「伝統を守る」より、「変わり続けて残る」こと
堤さんは、「ビジョン」を大きく掲げて商いをしてきたわけではないと話します。むしろ、昔から「変なことばかりやってきた」と、どこか冗談めかして振り返ります。業種を広げることよりも、お菓子屋として続けること。日々、味を調整しながら、その時代に合った形を探り続けてきたからこそ、今があるのではないか。そんな実感が言葉の端々からにじみます。
丸ぼうろはそのまま食べるだけでなく、牛乳と合わせたり、少し温めてみたり、アイスクリームやジャムを添えてみたり、味わい方はさまざまです。いつものおやつとして、あるいは懐かしの一枚として。佐賀の暮らしの中で受け継がれてきた丸ぼうろを、あらためて味わってみませんか。きっと、これまでとは少し違ったおいしさに出会えるはずです。