市内に恵比須さんがめちゃくちゃいる。その数、日本一。

福をもたらす「恵比須さま」があちこちにいる。昔ながらの名残や歴史が残っていておもしろい。

福をもたらす縁起のよい神さま。

佐賀市を歩いていると、ときどき視線を感じることがあります。ふと足元を見ると、にっこり笑った恵比須さまが。市内には、なんと830体以上の恵比須像があり、その数は日本一を誇ります。神社の奥にいるような存在ではなく、橋のそばや店先、民家の庭先など、「こんなところに?」と思うような場所に、あたりまえのようにたたずんでいます。市民にとっては見慣れた風景ですが、これほど恵比須さまがまちなかにいる地域は、全国でもめずらしいそうです。佐賀市に恵比須さまが多いのは、江戸時代に商売がさかんだった名残だと言われています。有明海の港や市内の水路を行き来する商人たちの間で、水の神さまである恵比須信仰が自然と広まっていったのだとか。驚いたのは、多くの恵比須像が、地域で商売をしていた人たちによって設置されたもので、それらは今も個人が所有しているということ。一体一体、表情が違ったり、名前がついているものもあって、じっくり見ていると、夢中になってしまいます。長い年月を経て、今も変わらずまちにたたずむ恵比須さまは、地域の人たちに守られてきた大切な存在。まちのあちこちに、こんなふうに福を呼ぶ神さまがいてくれると思うと、なんだかうれしくなります。

どんな神様?

恵比須(えびす)さまとは…

にっこり笑顔で、釣り竿と鯛を持った七福神の内のひとり、商売繁盛・漁業・五穀豊穣の神さま。

大曲 英敏さん(恵比須DEまちづくりネットワーク 代表)

呉服元町の路地の一角に『佐賀の恵比須、その数“日本一!”』と書かれた看板が立つ建物があります。「開運さが恵比須ステーション」と書かれた、その建物内をのぞくと、とてもたくさんの恵比須の人形や置物がならんでいます。

この場所を拠点に、恵比須ガイドツアーを行う大曲英敏(おおまがりひでとし)さん。恵比須との関わりを穏やかな語り口でお話いただきました。

本業は石材店を営み、ご自身も恵比須像の製作を数多く手掛けます。皆さんがよく目にする、佐賀駅バスセンターに佇む「葉がくれ恵比須」も大曲さんの作品です。

祖父の代から恵比寿像を作っていた石材店の3代目で、近所の人たちが大事にお祀りする恵比須さんがあったのにも関わらず「恵比寿像の存在に気づきませんでした」と大曲さんは笑います。常にそばに在る、あまりにも身近な存在。だからこそ、その存在の大きさに気づかず、当たり前に見過ごしてました、と語ります。

恵比須への関わりの転機は、九州佐賀国際空港入り口の「雲上恵比須」の製作でした。その仕事を通して、恵比須という神様そのものだけでなく、恵比須に関わる様々な人と、深く交流することになります。これが、単なる仕事を超えた出会いのきかっけとなり、恵比須を通したまちづくりに関わることとなりました。今では、まちづくり活動団体「恵比須DEまちづくりネットワーク」の会長として、恵比須さまを広めながら、佐賀のまちがにぎわうことを願い、活動をされています。

大曲さんが教えてくれた佐賀の恵比須像の特徴は「宝珠」を持っている、という点。「恵比須さま自体が願いを叶えてくれるのに、宝珠も願いが叶う玉。ダブルで縁起が良いんです」宝珠に触れたり、身体の治したい部分を撫でながら願い事をすると良いそうです。

「身近にいらっしゃる神様なので、気軽に触れても大丈夫ですよ」という言葉には、佐賀の人々が、何百年もかけて育んできた恵比須との信頼関係の表れを感じます。

お気に入りは、唐人恵比須像。写真を見てみると、口を開けて満面の笑みを浮かべるその姿は、大曲さん自身の温かく優しい人柄を映し出しているかのようです。

その数日本一という恵比須像が佐賀に多く存在する理由、そして、恵比須にまつわる数々のエピソード…。

大曲さんの語る言葉の一つ一つに、恵比須さまを大切にしてきた佐賀の歴史と文化、そして寄り添ってきた人々の心が凝縮されているようです。

佐賀の恵比須像、そしてその背景にある物語を知りたい方は、ぜひ「恵比須DEまちづくりネットワーク」を訪ねて、恵比須巡りをしてみてはいかがでしょうか。

日吉 高明さん(鎮西西宮社 宮司)

北川副町光法(角町)にある西宮社は 兵庫県西宮市えびす総宮総本社西宮神社より 恵比須さまを九州で初めて分祀 (ぶんし)された社です。その歴史は⼤変古く、1172年、と約850年もの昔に建⽴されています。

「まずはお参りください」と境内で出迎えていただいたのは、その西宮社で宮司を務める日吉高明(ひよしたかあき)さん。真っ白の着物に、深い紫の袴のいで立ちで、その存在が共に神聖な神社の空気を作られているようです。

お参りを終えると、穏やかな語り口で、佐賀と恵比須信仰の深い繋がりを語っていただきました。

「江戸時代、鍋島藩主も恵比須さまを厚く信仰しており、佐賀の人々は街角に道祖神(お地蔵様)ではなく、恵比須さまを祀るようになったんです」単なる信仰を超え、恵比須は、佐賀の人々の生活に深く根付いたものだったのでしょう。

この歴史ある西宮社、令和2年11月に放火事件に合い、本殿が焼失するという出来事がありました。800年以上の歴史を紡いできたもの、その喪失感は、計り知れないものでした。しかし、地元の人々、そして全国からの温かい、多くの支援によって、令和6年11月、本殿は見事、復活を遂げました。再建に向け奔走している最中、おそらく地元の方からと思われる高額のご寄付をいただきました。この神社、そして恵比須さまへの、地域の方々の揺るぎない信仰と深い愛情が感じられるお話です。

本殿が焼失した後には、地域の人々により、恵比須さまをお参りできるようにと、境内には「たちあがりえびす像」が建立されました。困難に対して、笑顔で上を向き、右手を突き上げ、今まさに立ち上がろうとするえびす像の姿は、まさに復興への希望の象徴です。

 

「10⽇と20⽇は恵⽐須さまのご縁のある⽇なんです」

⻄宮社では、4⽉20⽇に春季⼤祭、10⽉20⽇に近い日曜日に秋季⼤祭が盛⼤に執り⾏われます。特に、秋季⼤祭は、神輿神幸祭や北川副女性の会えびす会によるご利益いっぱいの「えびす⾳頭」が披露され、地域全体が⼀体となって恵⽐須さまを祝うとのこと。境内が地元の⽅の恵⽐須さまのような笑顔でいっぱいになっ ている様⼦が⽬に浮かびます。

ここ西宮社は佐賀における恵比須信仰の始まりの地。日吉さんの言葉に、その重みを感じます。「神社は地域の皆さまの集まるところ、心のよりどころ、です」この言葉には、何百年も受け継がれてきた信仰、そして地域の人々との深い絆が凝縮されています。 これからも、多くの人々がこの神社を訪れ、恵比須さまのご利益と、人々の繋がりを感じることができるようにと、日吉さんは願っています。