子育て応援コラム「アタッチメント」No.10 令和5年12月号
心理学者ハーロウが1960年代に行った「代理母親の実験」を聞いたことがあるでしょうか?布製と針金製の人形を並べて、ゲージに隔離されたアカゲザルの赤ちゃんの行動を観察した実験です。針金製の人形にミルクが出る装置を付加したり、針金を温めたりしても、赤ちゃんザルは、圧倒的な差で肌触りの良い布製の人形に接近接触したという結果から、子どもの持つ接触欲求(日本語で言えば、スキンシップ)の重要性を示唆する研究として有名です。この研究には続きがあります。
実験室で育てられたサル達をサル山に戻し、その後の行動を観察すると、共通して、集団行動が取れないことと生殖行為ができないことがわかりました。こうしたハーロウの一連の研究結果は、ボウルビィの唱える「愛着」がどれほど子どもの成長に重要かということを示す根拠ともなっています。
さて、私がお伝えしたいのは、ここからなのです。発情期になり、一匹のサル山育ちのオスザルが、実験室育ちのメスザルに求愛します。実験室育ちのメスザルは、何度も威嚇します。拒否された大抵のオスは別のメスへとターゲットを変えるはずなのに、このオスザルは諦めません。威嚇していたメスザルが受け入れ、ついに交尾を果たします。そして、初めて実験ザルが出産する展開となります。生殖行為はできないという結論を破る事実が起こったのです。その後、このメスザルは同じオスザルと交尾し、2回出産を経験します。一度目は悲しいことに生まれたばかりで亡くなりますが、二度目は、サル山育ちの母親ザルと変わらぬ育児を開始します。が、一度目の悲劇の反動からか、我が子を手放すことができない養育態度となってしまいます。
このカップルの物語から、どんなに有名で優れた学説や理論よりも、実在する命の営みは、その定説や限界を超えていく存在なのだということを、思い知らされます。
私たちは、子育てについてさまざまな学びを重ねています。その多くは、子ども時代の環境がいかに大事なものかを教えてくれるものです。そのことに異論はありませんが、人間は、環境に全て支配される存在ではありません。不適切な環境下で育った子どもが全て問題のある大人に育つという決めつけは本当に避けたいと思います。実際に恵まれた環境下で生きている子どもや親ばかりではありません。逆境の中で、誰と出会い、何を学ぶかによって、人生をどう意味づけ、どう自分を育てていくかによって道は変わっていくものです。
何より、人間には、幸せに生きたい、より良い人間に成長したいという本来備わった力が内在しています。そしてその内在する力は、他者との肯定的な出会いによってますます磨かれ、開かれていくものです。
かつて、私たち大人も皆子どもでした。あのメスザルと同じく、未知の経験に遭遇し、オロオロしつつ、未熟な段階から、徐々に学び成長してきたのだと思います。そして、諦めないで求愛し続けたあのサル山のオスザルのように、何かの巡り合わせで、誰かの人生の扉を開ける機会が来るかもしれません。
佐賀市こども・子育て支援専門アドバイザー 田口香津子