子育て応援コラム「アタッチメント」No.9 令和5年11月号
平成時代のことに遡りますが、あるお母さんから、「田口先生、私のような母の存在をいろんなところで伝えてほしいのです」と言われたことがあります。ある講座でお話しした機会があり、翌日、その方が職場に訪ねてこられました。「約束もせずにすみません。どうしても先生に話したかったのです。」と、必死の思いでお話ししてもらった内容が忘れられません。正確な再現ではありませんが、次のような趣旨でした。
私は、学生時代、優等生でした。どうしたら良い生徒と大人に認めてもらえるか、勉強も頑張ってきました。やっと学校を卒業して社会人になって、本音を押し殺した苦しい競争から解放されると思っていたら、そうではありませんでした。結婚して専業主婦となり、その苦しみから逃れられたと思いました。が、子育てが始まると、私の生きる世界は、家庭と子育て支援の場の往復となり、その狭い世界の中で学校と同じことが起こっていました。良い母親を演じないと、受け入れてもらえないのです。子どもが可愛くないと言った途端、ダメな母親と烙印が押され、ずっと色眼鏡で見られてしまう怖さがつきまといます。本当のことが言えないのです。いつも支援者に、ごめんなさい、ありがとうと気を遣う側です。例えば、サロンで絵本の読み方を習って帰った日、お手本のように上手くできないと、どうせ私は出来損ないの母親だと子どもにいつもより厳しく当たってしまいます。サロンの後は、周りの人が偉く見えて、余計惨めになるのです。でも、それを必死で隠しています。良い母親を装うのに疲れますが、私にはその世界しかないのです。先生、こんな話してすみません。びっくりされたと思います。でも、きっと、私のような人は他にもいると思うのです。先生が昨日の講座で、正直に自分のダメ母親ぶりを話してくれたから、わかってもらえる気がしてきてしまったのです。
全く予想していないお話しでした。前日の講座で見ていたその方は、子育てに前向きで、しっかりされていた印象でした。そんなお気持ちを抱いていたとは、講座中の様子からは窺い知れませんでした。そして、気がつかないでいたけれど、確かに、その方と同じ思いで生きている人は案外多いのではないのかなあと思いました。
周囲の人たちも、良い親に育ってほしいと言う願いがあって、さまざまな講座を企画されたり、声かけをされたりします。そのおかげで親としての自覚も生まれ、助けられた方もいっぱいいます。でも、子育てという未知の世界の初心者が必ずしも成功体験だけを味わえるわけではありません。多くの失敗に自信を失うことも珍しくないのです。
「もっといい親になりましょう。そのためにはこれを身につけましょう。」と言う前向きのメッセージによって、母親役割を押し付けられる前に、「上手くいかなくても大丈夫。間違えても大丈夫。あなたの存在価値は損なわれないよ」と言う安心感がどれほど必要なのか、そのお母さんから教えられました。「一人一人は不完全だからこそ、子育てはいろんな人が関わって補い合っていきましょう。大丈夫。」掛け値なしに心の底からそう伝えてくれる誰かがあなたのそばにいてくれますように。このコラムがその誰かの代わりになりますように。
佐賀市こども・子育て支援専門アドバイザー 田口香津子