子育て応援コラム「アタッチメント」No.5 令和5年7月号
折りしも七夕の季節。幸せになるための願い事を短冊に書いてきましたね。そう、「人は誰でも幸せになるために生きている」、そう書くと、今はまだ幸せとほど遠いところに居て、幸せの場所に近づくために努力する姿を思い浮かべるかもしれません。「人は、今ある幸せに気づくために生きています」と表した方がいいなとこの歳になれば思えます。
さて、今回は、どこかでこのコラムを目にして頂いている頑張り屋の保護者や支援者の皆さんに向けてメッセージを届けたいと思います。
頑張り屋は、我慢強く弱音を押し殺して、目指す階段を登ります。他者の期待に応え、自分をよしとする姿は決して悪いことではありません。ですが、子育てをする中で、自分のように頑張ることのできない姿に接すると、感情を乱されることがないでしょうか。そんな人にこそ、子ども時代の自分を愛おしむ機会をもってほしいと願います。
子どもの頃、私の家族の事故や病気が続き、切羽詰まった空気の中で生きていた時期がありました。長女の私は、重苦しい家庭の雰囲気を明るくしたくて、家事手伝いも弟ふたりの世話もしていました。ところが、5年生のある日を境に母親が居なくなり、いつか帰ってくるという望みも虚しく、両親は離婚しました。父親が再婚するまでの5年間、家に早く帰って家事をする暮らしでしたが、学校では変わらず明るく優等生でした。家庭の苦労を周囲に見せず自分の惨めさを感じたくありませんでした。
時は過ぎ、3人の子の母親となりました。思い描いていた理想的な家族に近づきたかったのですが、シナリオ通りにいきません。特に長男が不登校になり、体の内側からどうしようもない怒りが湧いて苦しかったのです。私は、不登校のカウンセラー、理性ではどう関わればいいか十分知っていたのに、です。
救ってくれたのは友人。私の子ども時代を聴いて、「よく頑張っていたね。偉かったね。でも、本当はどう思っていたの?」と尋ねてきました。「あの頃、とっても悲しかった。寂しかった。離婚しないで!家族は仲良くしてって。でも、私は、しっかり者のお姉ちゃんだから誰にも言えなかった。」私は当時の気持ちを探し当て、言葉にしながら、おんおんと子どものように泣きました。25年以上封じ込めていた感情のしこりがやっと解き放たれたように、号泣した後、不思議にすうっと落ち着きました。
私を苦しめていたのは、目の前の長男ではなく、私自身の未解決の感情。ああ、感情を受け止めてもらうことがどれほどの力になるのか。私は当事者として身をもって知りました。本当は、もっと、「嫌だ!怖い!悔しい!寂しい!」等と言いたいことを言い、受け止めてほしかったのです。本来、子ども時代は、護ってくれる存在に、本音、弱音を安心して吐き出していい。受け止めてもらえて、一歩階段を登れます。まあ、これ、やっぱりアタッチメントの話になりましたね。(笑)
今からでも遅くありません。「子ども時代の自分を愛おしむ機会」をもってくださいね。安心して誰かに、封じ込めてきた感情を受け止めてもらえれば、より一層自分らしくいられます。元々、真面目で、ひたむきな頑張り屋さんには、今ある幸せを感じてほしいです。このコラムを読んで、少しでも過剰な責任感や罪悪感から解き放たれる方がいたら嬉しいです。そこに、あなたの話に耳を傾ける誰かがいてくれますように。もし、いなければ、出逢えるまで求め続けてほしいと願っています。
こども・子育て支援専門アドバイザー 田口香津子