山口亮一旧宅

更新:2017年06月20日

正面(東面)から 南面から 内部
山口亮一旧宅 山口亮一旧宅 山口亮一旧宅

山口亮一画伯

山口亮一画伯(1880~1967)は、明治13年(1880)に中野致之の次男として生まれ、同19年に蘭学医であった山口亮橘の養子となった。姉の磯千代は洋画家の久米桂一郎に嫁ぎ、伯父には洋画家の小代為重がいて、師匠には黒田清輝、岡田三郎助、義兄の久米と、明治における洋画家のそうそうたる開拓者たちの薫陶を受けている。

東京美術学校西洋画本科を首席で卒業したが、親のこともあって佐賀に帰り、大正2年に現在も続いている佐賀美術協会を岡田や久米とともに創設した。

この旧宅は、山口画伯が佐賀に帰ってからの創作活動や洋画研究所を創立し後進の指導の場として、いわば、当時の佐賀の美術界の拠点的な場所であったといえる。ここから佐賀を代表する美術関係者が数多く育っている。

建物の特徴

旧宅の主屋は、山口亮一画伯の養祖父にあたる梅堂が10代藩主鍋島直正公の御典医としての地位を得た天保期に、白石の須古にあった建物を解体し、現在地に移築したと伝えられている。

主屋の屋根は、寄棟造り茅葺きの上屋を桟瓦葺きの下屋が巡る形式である。

外壁は、街路に接する面に腰高の竪板をはめ、上部を漆喰で塗込めている。

明治期に大幅な増築や改造が行われ、戦後、市の所有となるまでの間に明治期に増築された人力車庫、茶室等も解体され、移築当時の姿を伝えるのは茶の間、納戸のみである。

しかし、複雑な経緯を辿りながらも、明治期の佐賀を代表する洋画家として知られる山口亮一画伯が生活した住居としての由緒、街路と屋敷構え、そして水路が一体となった歴史的環境としての価値は高い。

所在地

佐賀市与賀町1368番地

時間

※詳しくは関連リンクをご参照ください。

料金

無料

(ただし有料のイベント等が開催される場合があります)

※詳しくは関連リンクをご参照ください。

駐車場

通常4台程度

(ただしイベント時には周辺に臨時駐車場を設けることがあります。)

※詳しくは関連リンクをご参照ください。

交通アクセス

車:佐賀大和ICから約25分

バス:佐賀駅バスセンターから佐賀大学方面、与賀町清和学園前バス停下車徒歩

関連リンク情報

山口亮一旧宅HP

連絡先

山口亮一旧宅

TEL&FAX 0952-60-2978


このページに関するお問い合わせ

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〒840-0811 佐賀市大財3丁目11番21号 大財別館2階
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