夏祭りで思ったこと(2013年8月9日)

更新:2015年02月27日

いろいろな祭りに参加しています

学校が夏休みに入り、各地で夏祭りが真っ盛り。

祭りのご案内をたくさんいただくが時間帯が重なり、申し訳ないが行けるところは限られる。

佐賀市民総参加の「佐賀城下栄の国まつり」は8月3日から4日に開催された。

「夏の暑さを祭りで吹き飛ばそう」と関係者のみなさんは早くからこの日のために準備されていた。

ところが残念な結果となってしまった。

3日の土曜日は予定どおり進んだものの、4日の日曜日のパレードと総おどりが大雨警報などで中止となってしまった。

昭和47年に始まったこの祭り、今年で42回目を迎えたが、今年のようにメインの催し物が雨で流れたことはほとんどない。

私は祭りが始まった頃の担当だったので、その頃を振り返ってみた。

それまでの祭りは、現在は駐車場に変わっているが佐賀の中心部で唯一の広場であった佐賀神社南の広場を会場にして、中央に櫓を組み、幾重かの輪になっての盆踊りがメインだった。

この祭りをもっと大きな市民総参加の祭りにしようという運動が高まり、実行委員会では、メイン会場探しが始まった。

ちょうどこの頃、日本列島は「公害列島」と揶揄されるぐらいに水質汚濁や大気汚染が深刻になっていたころである。

公害を少しでも減らそうという運動が全国的に高まり「ノーカーデー」や「歩行者天国」も各地で始まった。

このような流れが、佐賀では夏祭りにつながった。

佐賀神社南の広場から、現在の中央大通りに会場を移し、名称も「納涼さがまつり」に変わった。

佐賀での歩行者天国の始まりでもある。

名称は変わっても、祭りのメインはもちろん「市民総踊り」であった。

今もみんなで踊っている「はがくれ盆唄」はこのころ誕生した。

「車が通る道なのに、なぜ車を締め出すのか」

「祭りで人が集まるときは駐車場もかきいれどきだから営業補償をすべきだ」などなど、反対意見も出て、協力を求めるのも大変だった。

その後、現在の「佐賀城下栄の国まつり」と二度目の名称変更を経て現在に至っているが、初期の頃とは比べ物にならないほど内容が充実している。

毎年、まつり会場はもちろんのこと、その周辺まで人、人、人である。

どこから、こんなに大勢の人が集まるのかと不思議に思うくらいに賑わうが、残念ながら、今年は一部のイベントが中止になった。

秋のバルーン大会もそうだが、最近の屋外でのイベントが天候に邪魔されることが多くなったような気がする。

私たちは40年前の「公害列島」は何とか克服したが、いまは「地球温暖化の元凶であるCO2対策」という新たな地球規模での環境課題を克服しなければならない。地球温暖化の代表例として「ゲリラ豪雨」もよく挙げられるが、近くの多久市では同じ日、時間雨量110ミリというゲリラ豪雨を経験した。

よそ事ではない。

明日はわが身として真剣に捉えたい。

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