先人に学ぶ~わが校区の誇り~開成校区・鍋島校区

更新:2018年06月29日

明治維新から150年にあたる今年は、市内の各地域でも先人の偉業を振り返り次代につなげるさまざまな取り組みが始まっています。
そこで、市報さがでは、各校区のキーマンにインタビューを行い、こうした取り組みを紹介します。

開成校区

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諸隈 勝

さん
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大坪 利孝

さん

小柳助治(こやなぎすけじ)

小柳助治は、「鍋島町史~人物編」に「鍋島の一異才」と紹介されています。
明治18年に鍋島村新村(現在の開成2丁目)に生まれ、京都大学を卒業後、長崎三菱造船所の技師となり、社命でアメリカに留学しました。帰国し、三菱電機の設計課長を務めた後に郷里に戻り、旧制佐賀中学の物理の教師となりました。
昭和22年に初代鍋島公民館長に就任。公民館の生みの親として、その基盤を築きました。
戦後の一時期、農業に従事したときには、田んぼにトタンで作った小船を浮かべて田植えをしていました。楽に作業を進めようとしたのでしょう。誰も考え付かないことをする人でした。
進駐軍にも英語で堂々と対応し、鍋島公民館長として青年学校の教壇にも立ちました。晩年は哲学書の執筆や医療器具開発にまい進した、まさに「異才」でした。

 

のびゆく開成

平成25年に校区20周年記念誌「のびゆく開成」をつくった時、「人物」欄の一番目に小柳助治を取り上げたのは、こういう人が開成にいたことを知ってほしかったからです。
その独創的な考え方は、無線通信用アンテナの会社を立ち上げた息子さんやお孫さんにも受け継がれていると思いますが、地区にとってもすばらしい先人だと思います。
「のびゆく開成」では、校区内の史跡や習俗、自然などをまとめています。開成を「心のふるさと」と思っている子どもたちに歴史と文化を知ってもらい、これからの開成を担って欲しいと期待しています。

先人7.1_3

小柳助治

 

鍋島校区

先人7.1_4

鍵山 稔明

さん

成富兵庫茂安(なりどみひょうごしげやす)

成富兵庫茂安は鍋島町増田の出身です。石井樋等を手がけ、「治水の神様」とうたわれていますが、その半生は戦国武将でした。11歳で龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)の小姓になった後、鍋島直茂(なおしげ)、勝茂(かつしげ)に仕えて数多くの武勲を立てました。
その後、民生家として治水・利水にたずさわったのは50歳を過ぎてからでした。戦国の世が終わった後、街づくりや農地開発を勝茂に進言し、自ら取り組みました。佐賀平野は、その特性から洪水に悩まされる一方で水不足にもなりました。
そこで堤防を造ると同時に水路を整え、農地に水を巡らせるようにしたのです。農繁期は工事を休み、現場の小屋に一緒に寝泊りする等農民にも配慮しました。広い視野と人間力を持ったスケールの大きな人物だったと思います。

 

ふるさと鍋島

成富兵庫は鍋島が生んだ偉大な先人ですが、県内各地で大きな業績を残しながら、その出自はあまり知られておりません。鹿児島県や山口県では地元の人が先人の功績を熱心に説明されますが、比べて佐賀では少ないように感じます。
明治維新150年を機に、大いに地元の歴史に関心が高まることを望みます。
鍋島公民館は平成29年に校区内の史跡や先人をまとめた「ふるさと鍋島」を作りました。私の父、鍵山栄(かぎやまさかえ)も「鍋島町史」を編纂しましたが、こうして形にして残しておかないと資料は失われやすいものです。
鍋島まちづくり協議会ふるさと学習部会でも史跡巡りなどを企画したいと考えており、それらを通じて子どもたちが地元の歴史を知り、誇りをもって未来につないでいってほしいと思います。

 

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成富兵庫茂安

※先人に学ぶ~わが校区の誇り~は、市報さが1日号で連載中。

(先人に学ぶ:市報さが7月1日号

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