先人に学ぶ~わが校区の誇り~赤松校区・本庄校区

更新:2018年05月29日

明治維新から150年にあたる今年は、市内の各地域でも先人の偉業を振り返り次代につなげるさまざまな取り組みが始まっています。
そこで、市報さがでは、各校区のキーマンにインタビューを行い、こうした取り組みを紹介します。

赤松校区

先人5.1_1 鬼崎 博子さん

石井亮一(いしいりょういち)

石井亮一は1891年、濃尾大地震の際、親を亡くした少女たちを引き取り、東京に孤女学院(現在の滝乃川学園)を設立しました。そして、この施設に受け入れた孤児の中に知的な障がいを持つ少女がいて、その子と接する中で、「障がい児教育」の必要性を痛感したのです。
亮一は、私が今住んでいる水ヶ江の出身ですが、私が石井亮一・筆子夫妻のことを知ったのは、「筆子・その愛」という映画を見たのがきっかけでした。
石井亮一・筆子夫妻が私財をなげうち、障がい児教育に人生をささげた物語は、涙なしには見ることができない感動的な映画でした。

赤松まちづくり協議会

赤松校区で「まちづくり協議会」が立ち上がり、もうすぐ1年になります。立ち上げの際、校区の目標をどう表現するか議論をしました。
最終的に『思いやる心でつなぐふれあいのまち赤松』になりましたが、議論する中で「出来ていそうで出来ていない、あたり前のことに取り組んでいくことが大切だ」ということになったのです。
この目標はまさに石井亮一の志と一致すると思います。
肥前さが幕末維新博覧会の事業の一環として中央大通り沿いに設置されたモニュメントの中に、石井亮一・筆子夫妻もあります。
この機会に皆さんにも知っていただきたいと思います。

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▲石井亮一像

 

本庄校区

先人5.1_3 角田 研三 さん

鍋島直茂(なべしまなおしげ)

本庄公民館の館長を24年の長きにわたって務められた古野尚司さんが、在任中に、「本庄の歴史」をつぶさに調べ、本とガイドマップにまとめられました。
これは、読んでいただくと本庄の案内がすべて出来るという優れものです。
私たち本庄校区では、佐賀藩藩祖である鍋島直茂にスポットをあて、明治維新150年事業に取り組めないかと考えています。
直茂は、すぐれた武将として数々の武勲を立て、豊臣秀吉からも高く評価されていましたし、「葉隠」の中では理想の武士像として描かれています。

本庄の子どもたち

本庄小学校の5年生が総合学習の一環として、直茂の誕生地にある「胞衣塚」等、本庄町の歴史探訪に取り組んでいます。そして、その成果をまとめ、小学校、佐賀大学、本庄公民館の3カ所で発表会を行いました。
直茂は、幕末・維新期に日本の近代化に多大な貢献をした鍋島直正にも大きな影響を与えており、直正は、幼少のころ江戸で直茂の教えをしっかりと学んだことが、佐賀藩の10代藩主として明治維新に貢献し、多くの人材を世に送り出すことにつながったのです。
本庄の子どもたちには、みんな直茂の人物、能力、功績を話せるようになってもらいたいと思います。また、島義勇の弟の墓が本庄にあることから、北海道のことを学んでみる等、取り組みが広がっていけばと思っています。

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▲鍋島直茂誕生地

※先人に想う~明治維新150年に寄せて~は、市報さが1日号で連載中。

(先人に学ぶ:市報さが5月1日号

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