維新SAGAこぼれ話(枝吉神陽)

更新:2018年02月 8日

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佐賀藩校「弘道館」教諭、国学者、尊王思想家。

神陽は「楠公義祭同盟」を主宰して佐賀に尊王論を広め、実弟の副島種臣をはじめ島義勇や大木喬任らの思想形成に大きな影響を与えました。

大隈重信も義祭同盟への加入を「世に志を立てるきっかけ」と振り返っています。

面識があった吉田松陰からは「肥前(佐賀)で必ず訪ねるべき人物」と評され、水戸藩の藤田東湖と共に「東西の二傑」と並び称された神陽は、「大柄で眼光鋭く、声は銅鑼の音のよう」、「1日80キロを歩き、下駄で富士山を登った」などの逸話がありますが、写真や肖像画は残されていないようです。

さらなる活躍が期待された神陽ですが、コレラに感染した妻を看病するうちに自らも感染し、41歳で亡くなってしまいます。

しかし、神陽の遺志は確実に教え子たちに引継がれ、新しい時代を創りあげていきました。

※維新SAGAこぼれ話は、市報さが15日号で連載中。

(枝吉神陽:市報さが2月15日号

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