先人に想う ~明治維新150年に寄せて④
~ 第14代 齋藤 用之助さん

更新:2017年08月25日

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市報さがでは、幕末維新期を中心に活躍した「佐賀市が輩出した偉人たち」にスポットをあて、縁のある皆さんにインタビューを行います。

第4回目は、沖縄に渡り、ヒージャー(ヤギ)郡長として親しまれた「第11代齋藤用之助」について、そのひ孫にあたる第14代齋藤用之助さんにお話を伺いました。

(聞き手 池田剛)

家訓で名前を襲名

「用之助」という名前は、初代齋藤用之助が、佐賀藩の藩祖である鍋島直茂公から拝命したものです。

齋藤家の継承者は、親が亡くなった後、3回忌ぐらいまでに、戸籍を変更して「用之助」を襲名することが、家訓で決められています。

私は、高校3年生の時に、祖母(11代の娘)から曽祖父である11代の資料を突然渡され、「あなたに引き継ぎます」と言われ驚きました。

その時から、11代がどういう人だったのか興味が沸き、結果として私も「用之助」の名を引き継ぐことになりました。

「葉隠」の精神

四誓願_2

(葉隠四誓願 揮毫 渡辺松坡)

11代は、9歳で弘道館に入り、15歳の時に父親が戊辰戦争に出征したため退学しました。

弘道館の先輩である大隈重信や佐野常民とは、沖縄での仕事においてさまざまな形で接点があり、また支援も受けていたようです。

「葉隠」には「初代齋藤用之助」、その父「齋藤佐渡」、用之助の次男「権右衛門」の3人が実名で登場しています。

11代はこうした歴史もあったからか、弘道館で学んだ「葉隠四誓願」の4番目、

「大慈悲を起し、人の為になるべき事」をとても大切にしていました。

11代履歴書

(11代内務省提出履歴書(写)内閣総理大臣伯爵 大隈重信日本赤十字社社長 佐野常民の記載あり)

沖縄での第11代齋藤用之助

11代は、明治12年に一警察官として沖縄に渡ったのですが、2年後には沖縄県職員に採用され、その後、明治29年に首里区長(現在の市長)、中頭郡長(現在の副知事)になり、明治31年に那覇区長、島尻郡長になりました。

島尻郡長時代に沖縄で大飢饉が起こり、郡民はソテツの実を食べて命をつなぐという大変な状況になりました。

この時11代は国と交渉し、救援金を獲得しました。

11代は、このお金を使って糸満市大度に漁港を作ろうと考えました。国からの救援金は、港や灌漑施設の整備に従事した人たちに賃金として支払われる、「生きたお金」になったと思います。

この港は郡民により「用之助港」と名付けられ、現在、土木学会の選奨土木遺産に指定されております。

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(用之助港全景(糸満市大度))

硫黄鳥島の全島移住

硫黄鳥島は、当時貴重だった硫黄の採掘を行っていました。

1903年に爆発が起こり、700人の島民を避難させる事態となりました。移住には多額の経費が必要でしたが、当時は日露戦争の勃発寸前でした。

移住は困難が予想されましたが、当時の県令や弘道館の先輩である大隈重信や佐野常民の支援もあったようで、1人の犠牲者も出すことなく、わずか10カ月で全島民を無事久米島の鳥島地区に移住させることができました。

久米島の鳥島地区の皆さんは、移住が完了した2月11日を「移住記念日」として、毎年お祭を開催されていて、今年で113回目となったそうです。

1万人の見送り

11代は、大正4年4月に島尻郡長を退任しました。

11代が郡長を退官する日、1万人の沖縄県民が集まって、別れを惜しんだと聞いています。

私は、自動車もなかった時代に、1万人もの人がどうやって集まったのだろうかと不思議に思っていましたが、当時の琉球新報にこのことが掲載されているのを見て、事実だったんだと認識したのです。

11代が、沖縄に渡った時代は、沖縄以外の人は、侵略者のような目で見られていたようです。

46年7カ月という長期にわたって沖縄に住み続け、沖縄のために尽くしたことで郡民から親しまれる存在になったことは、子孫として誇りに思います。

退官にあたり、発令を行ったのも当時の内閣総理大臣 大隈重信でした。ここでも弘道館の縁を感じます。

郷土愛

私は、沖縄県立博物館に、11代に関する資料約370点を寄贈しました。11代は、学校を作ったり、鉄道を敷設したりと沖縄のために力を尽くしました。

これらは11代だけで築き上げたことではありません。

沖縄に初代県令として赴任した鍋島直彬の他、130人ほどの人々が沖縄に渡り、沖縄の人に寄り添い、力を合わせて沖縄の近代化に貢献しました。

北海道が島義勇で、沖縄が鍋島直彬ですので、南北の国境の地を任されたのが「葉隠」を学んだ佐賀藩士であるということになります。

佐賀の人は、よく「佐賀は何もなか」と言いますし、私も子ども心にそう感じていました。

しかし、佐賀には素晴らしい歴史と、そこに埋もれている多くの先人たちがいます。

佐賀市教育委員会が作っている副読本「佐賀の人物探検99+you」と明治維新150年事業で、ふるさと佐賀を誇りに思う気持ちが育って欲しいと思います。

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(11代齋藤 用之助)

リンク

※先人に想う~明治維新150年に寄せて~は、市報さが1日号で連載中。(齋藤 用之助さん:市報さが9月1日号

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