先人に想う ~明治維新150年に寄せて②~
北海道神宮宮司 吉田源彦さん

更新:2017年08月10日

宮司②

北海道神宮宮司 吉田源彦さん)

市報さがでは、幕末維新期を中心に活躍した「佐賀市が輩出した偉人たち」にスポットをあて、縁のある皆さんにインタビューを行います。

第2回目は、北海道神宮宮司の吉田源彦さんに、島義勇についてお話を伺いました。

(聞き手 池田剛)

北海道神宮にとって島義勇とは

島義勇銅像

北海道神宮 島義勇銅像)

島義勇は、明治2年に藩主鍋島直正公が初代の北海道開拓長官になった時に開拓判官として着任しました。

この時、島義勇は、明治天皇から授かった開拓三神の御神体を自ら背負って札幌に入って来られたのですが、これが北海道神宮の創祀(神様をお祭りした初めの時)とも関わってきます。

エピソード

どこまでが本当かはわかりませんが、何もないところに200人もの人を連れてきて、街づくりをするということは、大変だったと思います。

札幌に入る前にいた函館でのエピソードでは、お酒にまつわる話や女性の話も出てくるほど、厳格さの中に温かみのあるお人柄だったようですね。

札幌市における島義勇

北海道神宮

北海道神宮

私自身は、もっともっと地元の子どもたちに、島義勇を初めとする北海道の歴史を伝えていきたいと思っています。

北海道神宮では境内に銅像を建てたことを機に、4月13日の島義勇の命日に関係者が集まって「慰霊祭」を行ってきました。

明治天皇崩御100年(平成24年)を機に見直し、平成26年から、「北海道開拓の父」といわれる島義勇を幅広く市民の皆さんにも知っていただきたいという思いから、現在の「顕彰祭」を斎行(祭を行うこと)しています。

今年は札幌市長を初め、行政、経済界の皆さんに広くご出席いただき、大きな催しになりました。

これをきっかけに、島義勇の北海道開拓に対する思いを、さらに多くの市民の皆さんの「明日に向かう活力」にしていただきたいと思っています。

佐賀市との関係

顕彰祭

(顕彰祭)

数年前から佐賀市長さんや佐賀県知事さんにもご出席いただくようになり、この顕彰祭も北海道全体に広く知られてきたと感じています。

佐賀県にとっては、「明治維新150年」、私たちにとっては「北海道命名150年」というタイミングで盛り上がるというのは、御神縁があるような気がしています。

私は、島義勇のみならず藩主である鍋島直正公を初め、佐賀県の皆さんとは強いつながりができていると感じており、佐賀県、佐賀市とは、これからも末永くお付き合いできればと思っています。

リンク

北海道神宮

※先人に想う~明治維新150年に寄せて~は、市報さが1日号で連載中。(吉田源彦さん:市報さが7月1日号


このページに関するお問い合わせ

市長事務部局 企画調整部 明治維新150年事業推進室
840-8501 佐賀市栄町1番1号
電話:0952-40-7025
メールアイコン このページの担当にメールを送る