佐賀城だより第8号

更新:2013年07月 3日

発掘調査地位置図 検出された赤石護岸 赤石護岸の石積み状況
発掘調査地位置図 検出された赤石護岸 赤石護岸の石積み状況

佐賀城東堀の赤石護岸

6月29日に佐賀城東堀の発掘調査現地説明会を行いました。

今回調査を行っている部分は、佐賀城東堀の城内側の南東コーナー部で、赤石を使った堀護岸が全長約60mにわたって検出されています。

築城当初の佐賀城は堀岸を板で護岸していましたが、時が経つにしたがい、その板が朽ち土手も崩落し始めたため、享保(きょうほう)19年(1734)に5代藩主宗茂(むねしげ)が堀護岸改修の許可願いを幕府に提出し、6代藩主宗教(むねのり)が板から石への堀護岸改修に取り掛かりますが、本格的な改修が行われたのはそれから数十年後の8代藩主治茂(はるしげ)の代にあたる寛政(かんせい)年間(1789~1800)を中心とした時期でした。

その時の改修計画を示すものに、「御城分間絵図(おしろぶんけんえず)」があり、図中に現状の堀幅や朱で築城期の堀岸の位置等が記されています。また、文献としても、8代藩主治茂の業績等が記載された「泰国院様御年譜地取(たいこくいんさまごねんぷじどり)」にこの改修のことが詳しく記されていて、これらの記録類から今回検出した赤石の堀護岸は、治茂の時に整備された部分と思われます。

その構造は、最下部に石の重みによる不等沈下を防ぐため丸太の胴木(どうぎ)を敷き並べ、その上に方形や長方形に加工した赤石を4~6段積み上げています。また、護岸の前面にはそれ自体が堀側に滑り出すのを防止するため、一定間隔で杭が打ち込まれていることも確認しています。

さらに、この調査では一段目に積まれた石とそれよりも上部に積まれた石との間に石同士の組み方や表面処理に明確な違いがあることも分かりました。現時点ではそれが工法的なものなのか積み替えによるものなのかはっきりしませんが、今後調査例が増加していくことで明らかになっていくものと思われます。

これからも、引き続き佐賀城内の発掘調査や佐賀藩に残された文献・絵図等の調査を行っていき、少しずつかもしれませんが「佐賀城の謎」を解き明かしていきたいと思います。

関連ファイル

発掘調査現地説明会資料(PDF:9089.0KB)

関連リンク

遺跡発掘調査現地説明会資料集

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