佐賀城だより 第3号

更新:2015年02月27日

ウリ坊(亥の子) 亥の子餅
ウリ坊(亥の子) 亥の子餅

亥の子の祝(いのこのいわい)

みなさん、「亥の子の祝」ってご存知ですか?

これは、陰暦10月の亥の日にお餅を食べて、万病除去や子孫繁栄を願うお祝いです。

この時食べられていたお餅を「亥の子餅」といい、もともとは大豆・小豆・ささげ・胡麻・栗・柿・糖の7種類の粉を使って、「亥の子」(猪の子ども)の形をまねて作られていました。

最近では、あまり見られなくなった風習ですが、平安時代から行われてきた宮中の年中行事のひとつで、あの『源氏物語』にも出てきます。

また、江戸時代には、この日がコタツや火鉢に火を入れる節目の日になっていて、現在でも茶道の世界では、この日を「炉開き」の日としているようです。

このような「亥の子の祝」について、江戸時代に佐賀藩の請役家老(うけやくがろう)を勤めた諫早家(親類同格)の日記に次のような一節が書かれています。

【原文】

惣而当月初亥ノ日御祝御膳上候得共、見得院様御仕合ニ付而、後ノ亥ニ御祝御膳差上申候様ニと 御意相済居候ニ付而、今日亥日御祝、如例御膳二汁五菜餅上ル

~諫早市立諫早図書館所蔵 諫早家文書「日新記」元禄5年(1692)10月24日~

【意訳】

例年は、今月の初亥の日(10月12日)にお祝い御膳をお召し上がりになるが、見得院(けんとくいん)様の忌中なので、次の亥の日(初亥の日から12日後)にお祝い御膳を差し上げるように、という(旦那様の)お考えがあったので、今日(10月24日)、亥の日のお祝いとして、例年のように(旦那様方が)二汁五菜(にじゅうごさい)の御膳と餅を召し上がった。

江戸時代には、初亥の日に武家が、次の亥の日に町人が亥の日のお祝いをして、コタツ開きをするのが一般的でしたが、この年、諫早家では不幸事があったため、初亥の日ではなく、次の亥の日に「亥の子の祝」をしていることがわかります。

ちなみに、今年の亥の日は、初亥の日が11月22日(旧暦10月9日)、次の亥の日が12月4日(旧暦10月21日)となっています。

みなさんも、亥の日にお餅を食べて、コタツなど暖房器具を出す節目にしてみませんか?

※二汁五菜…本膳料理の標準となる膳立て。本膳に汁・なます・坪(煮物)・香の物、二の膳に汁・平皿・猪口(ちょく、刺身や酢の物)、別の膳に焼物を配する。

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