佐賀市重要文化財P4

更新:2015年08月10日

佐賀市重要文化財の紹介です。

 

不動明王立像

不動明王立像

所在地/佐賀市大財2丁目(清心院)

指定年月日/昭和46年2月11日

古義真言宗清心院は、龍造寺氏ゆかりの寺院で、この寺の本尊が、大日如来が悪魔を降伏させるため忿怒身となったとされる不動明王です。この尊像は秘仏とされており、普段は拝観することはできません。製作年代は彫像様式からみると鎌倉時代末期ごろではないかと推定されています。

石造六地蔵

石造六地蔵

所在地/佐賀市嘉瀬町大字荻野

指定年月日/昭和49年2月11日

柱状の石の上に台をのせ、その上に6体の地蔵菩薩像を彫った石をのせ、さらに宝珠のついた笠石がのっています。このような形式の六地蔵が、県内には数多く分布しています。造立年代は室町時代後期を中心にしていて、中世末期に地蔵信仰がさかんだったことを伝えています。この六地蔵には文明16年(1484年)の造立銘があり、県内でも最古級の六地蔵です。

鬼丸聖堂の聖像三体と天縦殿の額

鬼丸聖堂の聖像三体

所在地/佐賀市松原2丁目5番22号

指定年月日/昭和45年2月11日

佐賀藩2代藩主鍋島光茂は、元禄4年(1691年)に城内二の丸に孔子ほか4君子の像をまつった鬼丸聖堂を建てました。現在聖堂はありませんが、聖堂の額や孔子、顔子などの3体の像が残っています。銅造孔子座像は、鋳銅製の非常にきれいな彩りをほどこした像で、全高は62センチあります。顔子像は寄木造に色をほどこし、高さが60センチあります。これらは江戸時代の学問の精神を伝える貴重な遺産といえます。

石燈籠

石燈籠

所在地/佐賀市本庄町大字本庄(本庄神社)

指定年月日/昭和50年2月11日

本庄神社の拝殿前の左右に1対の石造燈籠が建っています。これらには元和4年(1618年)の銘があり、鹿島支藩の初代藩主、鍋島忠茂と佐賀藩祖、鍋島直茂との名が刻まれています。直茂や佐賀藩初代藩主勝茂が鳥居などを神社に寄進している例は他にも多く知られており、藩政初期の大名の、神社に対する政策や神信仰の深さをものがたっています。

石造六地蔵

石造六地蔵

所在地/佐賀市鍋島町大字森田(東善寺)

指定年月日/昭和50年2月11日

東善寺の入口近くに参道をはさんで建てられている2基の石造六地蔵があります。宝珠、笠、仏体、中台、竿の5部分からなっています。この2基は天正8年(1580年)と天正16年(1588年)に造られました。いずれも六地蔵造立がさかんであった天正年間のもので、彫像もすぐれており、六地蔵の代表的遺産といえます。

石造六地蔵六観音像

石造六地蔵六観音像

所在地/佐賀市高木瀬町大字長瀬(坪の上天満宮)

指定年月日/昭和52年2月11日

坪の上天満宮にあるこの石像は、総高2メートル。特色は、下に6体の地蔵像、上に6体の観音像合計12体の彫像があるということです。全体的に均整がとれていて安定感があり、尊像は優美で工芸品としてもすぐれています。永正15年(1518年)という古い時期に造られ、地蔵信仰とともに観音信仰がさかんであったことを示しています。

多久安輝の墓誌

多久安輝の墓誌

所在地/佐賀市八戸1丁目(龍雲寺)

指定年月日/昭和62年3月25日

墓誌とは死者を哀悼追慕して、金属板や石などに、姓名、経歴、没年、法名などを記して、墓内に埋納する副葬品です。この多久安輝の墓誌は、県内では多久市の「川浪自安先生墓誌」に次ぐ2例目のもので、縦47センチ、横35センチ、高さ16センチの重箱のような形をしたものです。墓誌には、多久安輝の父は多久美作守の五男であり、母を本藩主勝茂の二女とし、城内水ヶ江で生まれ高木村で数え69歳で没したことなどが記されています。

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