蒸気車雛型 〔公益財団 法人 鍋島報效会蔵〕 |
その跡地を伝える石碑 |
幕末日本の最新理化学研究所
「精煉方」とは
佐賀藩が嘉永5年(1852)11月に設けた理化学研究所。
はじめは、多布施反射炉における大砲鋳造をバックアップする洋書の翻訳、薬剤や煙硝、雷粉などの試験を行っていましたが、次第に範囲を広げ、蒸気機関や電信機についても研究を行うようになりました。
ここには主任である佐野常民の手によって、京都にいた中村奇輔・石黒寛次と田中父子(田中久重・田中儀右衛門)などの有能な技術者が集められ、日々新技術の研究が行われました。
特に蒸気機関製造では書物によって雛形を造り構造の理解に努め、更に長崎に赴いてロシア軍艦の艦長からの聞き取りと艦内の蒸気機関の検分を行いました。完成した蒸気車雛形は、佐賀に一足早い文明開化を告げていました。
歴史に果たした役割
幕末日本の科学技術の発展に大きな功績を残した精煉方。ここで行われた薬剤・火薬などの試験で用いられたガラス技術は、明治に入り精煉社として民間経営に移行し、佐賀精煉合資会社に発展。理化学用材から日用雑器にいたるガラス製品を製造しました。
その宙吹き技術は肥前びーどろに引き継がれました。
関連年表
嘉永 5年 1852年 11月 精煉方を設ける
安政 2年 1855年 8月 蒸気船・蒸気車の雛形を製作
明治 4年 1871年 鍋島家の経営となり「精煉社(舎)」となる
明治24年 1891年 「合資会社精煉社」設立
明治27年 1894年 「佐賀精煉合資会社」設立(昭和15年頃まで継続)
現在の姿 平成13年頃までは明治のガラス製造工場時代の倉庫の一部が残っていましたが、今ではそれも取り壊され、空き地となっています。
跡地である事を示す石碑だけが当時の姿を今に伝えています。
平成21年度には、世界遺産登録を目指す「九州・山口の近代化産業遺産群」の構成資産候補入りを目指して、発掘調査を行いました。
※「九州・山口の近代化産業遺産群」は、平成25年9月に「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」に名称変更が行われました。
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