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熊本地震に学ぶ(2016年5月9日)

更新:2018年01月 5日

 熊本地震から3週間以上が過ぎた。前震と本震いずれも震度7の地震が熊本地方を襲った。被災地の熊本では、死者49名、行方不明者1名と尊い人命が奪わればかりでなく、多数の家屋倒壊や回復に時間がかかる道路や農地などに大きな被害をもたらした。

 現地ではまだ余震の恐怖が続いている。一時は18万人を超える人が避難生活を余儀なくされたが、3週間を過ぎた5月8日でも1万4千人近くの方が家に戻れないでいる。また、上水道が復旧していないところが5700世帯あるという。この震災で尊い命をなくされた方のご冥福を祈るとともに、被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。

 震度5強で幸運にも被害が少なかった佐賀市では、早速消防や上水道の緊急救援隊を派遣し、続いて、救援物資の取り組み、その次には被災地の町役場等の機能回復のための人材派遣、ごみの収集運搬やごみの受け入れ、市営住宅の空き室提供など、佐賀市は佐賀県や県内自治体と一緒になって復旧支援活動に精を出しているところである。

 被災地の皆様にはまことに申し訳ないことであるが、私たちはこの地震災害を尊い教訓として、今後の「いざ」という時に活かさなければならない。いつあるかわからない地震災害、今後のために教訓としてしっかり後世に残したいものだ。

 私自身のことで恐縮だが、前震のあった4月14日の午後9時25分ごろ、私は公務出張から戻り、憂いごとの用事を二つ済ませ、いつもより遅い食事をとっていた。

 「ミシッ」という鈍くて強い音がしたように記憶するが、天井からつるした照明が大きく揺れ、テーブルが揺れ、「ミシッ、ミシッ」と音を立てながら家が揺れる。私はとっさに腰かけていた椅子から腰を浮かし、テーブルに手を置き、ただ体を支えるだけであった。

 いつもの地震の揺れとは規模の違いを感じながら何もできない。揺れの収まりを待つだけだった。

 

 もし佐賀が、熊本であったような震度7であったなら我が家も倒壊したかもしれないし、私たち夫婦が倒壊前に脱出できたか自信がない。

 なぜなら、いつもの揺れと違うことがわかっていながら、私はテーブルの下に身を隠し、体の安全を確保するようなことをまったく考えなかったからだ。

 また、16日の深夜の地震では私は半分寝ぼけたようにしていて、起き上がることさえせず、ただ揺れが収まるのを待った。

 ひどい揺れを感じた時の自分の身の安全の処し方は防災訓練などで何回となく教わっていて、頭の中では十分分かっているはずなのに、現実的には何も行動をできなかったことを証明した。

 これでは「震度7」というときにも、「そのうち収まるさ」と何も行動を起こさず、結果的に逃げ遅れになってしまうと反省させられた。

 今回の熊本地震から次のようなことを学んだ。

 まずは個人としてだが

 地震のとき、「初めての体験」と、ただならぬ揺れを感じた時には最悪の事態も想定した身の処し方をする。

 地震は昼間とは限らない、就寝中もあるので倒れやすい家具のそばや、棚から物が落ちそうなところには寝ないこと。

 家屋の耐震補強や家具の倒壊防止の手立て等できるものから実行すること。

 

 次に佐賀平野北縁断層帯を有する佐賀市の役所として学ぶことだが、

 避難所運営、救援物資の配布、罹災者への証明対応、被害調査、復旧業務など多岐にわたる被災対策を今回の熊本地震が落ち着いてから点検・総括をしたい。

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