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市長と語る会(三重津海軍所跡関係団体)

更新:2015年10月14日

市長と語る会(三重津)

市長と語る会(三重津海軍所跡関係団体)

開催日時:平成27年8月10日(月) 19時から20時50分
開催場所:佐野常民記念館1階 多目的ホール
参加人数:22名
参加団体:三重津海軍所跡保全会役員、博愛の里中川副まちづくり協議会 歴史・伝統部会
     佐野常民記念館ボランティア

意見交換の内容

※意見交換の内容は要約しています。

(太字は参加者の意見、細字は市長・事務局の応答です)

 


質問・意見1

 7月5日に三重津海軍所跡が世界遺産に正式に登録が決定したということにつきまして、私たち地域住民は、この上もない喜びと、今後どうなるのだろうか、というひとつの責任みたいなものを、まずもって感じた訳でございます。
 それで、決まりはしたものの、今後どういう保全をしていくのかということになっていくのですが、私もいろいろ問題はあると思いますが、とにかく今は暑い最中でもありますし、私は午前と夕方に堤防の方から眺めていれば、何しろこの猛烈な暑さで、来客者が傘差しながら、見学されています。まずは、この暑さ対策を。一旦、小休止でもできるような日陰の場所でもできないものかなといつも思いますが、世界遺産になった以上は、どこにでも造るということを規制されているということを以前聞いておるものですから、難しいだろうけれども、こういう夏場に対しては、暑さ対策と、小休憩ができるような場所を。冬も河川敷で寒いですから、川風で。だからそういうことも含めて、夏冬に何か建物を、立派なものじゃなくてもいいので、一時しのぎの休憩所というのを建ててもらえればどうかなと思っています。特別これをやればいいんじゃないでしょうかという確固たるものは私どももない訳です。非常に迷いながら、手探りしながら、何が必要だろうかと言いながら、毎日暮らしているところです。
 それと、もうひとつ。イベントというようなものは、よく世間では言われますね。何かあれば、すぐイベントをやると。私はイベントというのを悪い意味では捉えておりませんが、これは何と言っても一過性のものであって、通りすぎれば大体去っていくというものです。ここは歴史遺跡でありますから、知識を何とか、小さい頃から、特に地元の小中学校辺りを中心に、何か歴史の勉強をさせるような歴史書辺りを使って、三重津海軍所はこういうところ、こういう輝かしい歴史を持った場所なんだぞ、ということを、子ども心に植えつけていくと。それを将来、今は学生だからそういう風ではなくても、これがおいおい地に着いて、地域の価値というのを上げていくんではなかろうかと思っております。私達も、力不足でありますけれども、以前から世界遺産登録に向けての説明会をかれこれ何回もやってきております。しかしながら、その一番問題であるのは、理解力がない訳ですね、三重津海軍所っていうのに対して。前は海軍養成所だったというのまでは、大体分かっておりますけどね。その先がなかなか分からない。だから、そういう意味からしても、今からの子どもたちの教育、やっぱり小学校、中学校の頃にふるさとの三重津っていうところの歴史を、もう1回書物で感じてもらう、勉強してもらうということも、ひとつの将来においては大事なことじゃないかと思います。その方法について、子どもたちに本を与えるのが良いか悪いかっていうことは、学校教育の面とか色々絡んでくると思いますからどうかと思いますが、単に思うのはこの三重津の認識を深めてもらうために、色々なことをしても、それは、その時だけ、話を聞いている時だけなんですよ。だから、やっぱり本を読んで、勉強をして、そして、あそこの歴史っていうのは、こうなんだという、実を付けるような知識の蓄積を今後はしていかなければいけないと強く思っております。その方法については、いろいろ検討の余地があると思います。よろしくお願いします。

 

(市長)
 大体何月くらいまで、暑かですかね、9月いっぱいでしょうね。もう5月の半ばになれば、結構暑いからですね。だからこの暑さ対策っていうのは、当然考えなければならないけれども、ご存知のように、そこが河川敷ということで、どの程度の施設ができるのか。パーゴラ的なものしか許されないのか、それとも休憩所的なものがそれぞれのところにできるのか、そういった部分が問題になってくると思いますが、永久的なある程度がっしりした、しっかりしたものは許されないということで、あくまでも簡易的なものでいかざるを得ないと、そこら辺については話し合いをしなければならないし、これは、国土交通省も絡んでまいりますが、あくまでも文化財が出るとこでありますので、それを傷付けるものは許されないので、詳細を担当の方から、今話している途中の部分についての報告を受けたいと思います。できるだけのことは、そういった部分では、していかざるを得ないと思います。
 それと、子どもたちへの啓発の問題が出ております。まずは、保全というのが第一の目的であって、そのことを地域の人たちが、いかに検証できるかと、そういうものが問われております。ただ、よそからのお客さんを集めるだけじゃなくて、地元の人たちが、どれだけ理解度があるのかと、理解度を増すことができるのかというのが、基本になると思います。そのことについては、学校の方に、教育委員会に頼らざるを得ない部分があります。ただそれをする時に、私の考えとしては、ここの三重津海軍所跡だけ孤立をさせたような形で、そこに集中したお勉強でいいのかというとそうではないんじゃないかなと。幕末から明治にかけて、佐賀藩が示した力、功績、そういったものを一体となって勉強をしていく、その中の象徴的なものがこの三重津海軍所跡だという、そういう位置づけ方をしなければならないかなと。今回候補として口には出ていたのですが、なかなか実証ができなかった部分で、日新校区にあります築地の反射炉、多布施の反射炉跡、それから、精錬方と、そういったものが、残念ながら浮かびあがってきていません。そういうものと一体になった三重津海軍所跡が、幸いにして、地元の人たち、あるいは、地元の先輩たちが大切にし、調査をされていたこと、それがいち早く実証できたとそういう位置づけですね。学校関係でも、是非していただいて、そしてこれから先の保全につながっていく、その一番主役になってまいりますのが、これからの子どもたちだと思います。子どもたちの前に、親が知らなきゃならないのですが、やっぱり期待をするのは、子ども、そして、大人、そういった分での教育と啓発関係をしていかなければならないところです。

 

(世界遺産登録推進室長)
 暑さ対策について、今やっているのは、日傘をお持ちでない方に日傘をお貸しするということをやっております。結構好評でみなさんお借りになられる方も多いということで、使われていると壊れたりもしますので、その分は補充をしていきながら、暑さ対策のひとつとしてやっていきたいと思っています。それともうひとつは、駐車場から公園に入る境目のところに、パーゴラっていうちょっと休憩所っぽいものが作られて、元々公園の施設として作られておりますけども、そこの上に寒冷紗を置いて、少し日陰になるようなことをしています。そこで日陰で休憩をしていただくというのも、ひとつ取り組みとしてはやっております。先ほど市長も申しましたけれども、河川敷っていうことと、文化財が下に埋まっているっていうこともありますので、やっぱり大掛かりのものを施設として作るっていうのは、非常に難しいかなって思っていますので、できるだけそういう日陰を作ったり、日傘を貸したりっていうことを継続しながら、今後やっていきたいなと思っております。
 それと、小中学校の歴史の勉強については、市長が申しましたとおりです。今、教育委員会に話をして、教育委員会としても、そういう歴史学習をニュースだけではなく、佐賀の歴史遺産に関する機会を増やしていきたいと言っておりますので、具体的に何をするかまでは行き着いていないですけれども、実際現地に来て勉強するっていう機会も増やしていけるかなと思っております。

 

(市長)
 できれば、子どもたち、何年生の時が学習にふさわしいのか分からんけれども、その時点で、1回はここに来て、現地を見て、そして、勉強をする、そういう機会を作っていただければと。そのためにはバスでの移動関係も出てきて、予算的なものもありますので、そういう部分については、当然配慮していかなければならないと、そういう風に思います。

 


質問・意見2

 今日はこれまでのご縁もありまして、ボランティアという立場で出席させていただきました。この佐野常民記念館のボランティアは、歴史を案内する歴史ボランティアガイドと、3階の展望室でご来館されたお客様に湯茶を接待していただくティータイムの時間を担当していただく女性ボランティア、それ以外の方で、館内にいろいろ、ディスプレイしています生け花とか、ここでいろいろ体験学習しますから、その時の記念館の職員の補助とか、大きく分けると大人は3つのグループです。さらに、子どものボランティア、子ボラと申しますけれども、大きく分ければ、その4つでございます。湯茶につきましては、先ほども言いましたとおり、会場、スペースが少なくなりまして、3階のエレベーターの側、前の方でございますけれども、皆さん肩身が狭くなさっております。今後の悩みとしましては、元々そのボランティアでお茶を一服というのが、記念館のひとつの目玉でございましたが、皆さん方が、少しずつ年をお召しになって、後継者が少なくなったということ、それから、記念館、三重津海軍所跡がこのように日の目を見るまでは、記念館に来るというのは、赤十字、あるいは、佐野常民さんの歴史を勉強する、そして、佐賀の歴史が合わせて、ということでございましたけれども、最近の動向からいたしますと、ほとんど三重津が目的でお越しになっております。つまり、三重津海軍所に来たけれども何もないって元々今まで言われたことですよ。スコープ、その他で、そうは言われなくて、以前来た方からすると、だいぶこれで分かったとおっしゃる方もおります。あるいは、厳しい方からすると、その辺の見せ方について、いろいろ注文があります。それから、観光バスとか団体で見えますと、長くて1時間くらいのコースですから、外まで見ると。いずれも三重津を中心にするとやむを得ないと思いますけれども、2階の有料コーナーまで観覧料をお出しになる方々では非常に時間がタイトでございまして、結果として、少々中途半端になりがちでございます。
 その他お客様の声としては、アクセスの案内が非常に分かりづらいと。実はこのことは駐車場と合わせて、もう5月のイコモス、あるいは、世界遺産の決定前から、保全会、あるいは、中川副の歴史・伝統部会、我々のボランティアの中でも、それぞれ言われていまして、駐車場に限っては一時仮駐車場を設けていただいておりますが、そこを利用しないでいいような範囲内で、今何とか回っておりますが、アクセスについては、大体1回目のそこそこ予算をつけたものは整備されていますけれども、今来られるお客さんからするとどこに追加して増やしたのですとか、柳川から来ると分かりませんとか、あるいは、光法のほうから下ってきて大詫間まで行ったとか、そういう方がいくらでもいらっしゃいます。ということで、課題が色々ございます。
 その歴史ガイドも、募集をして少しは増えましたが、全体的に見ると、まだまだ人手不足でございまして、皆様に十分ご案内できるような体制まで至っておりません。その悩みは記念館の悩みと一緒だと思っております。しかし、我々からすると、なるだけ観覧料を払って、2階のほうも見ていただきたいんですけれども、最近の動向からしますと、1階、3階を見て、外を見られると、もうほとんどご覧にならないということを感じております。ボランティアの立場から見た現状、お客様の声は以上でございます。

 

(市長)
 今、言われたこと、なるほどなと、我々が気づかない部分も結構あって。案内板についてはまだ完全に設置できていないのかな。

 

(世界遺産登録推進室長)
 まだ、付けているところですね。

 

(市長)
 今は半分くらい設置しているのかな。

 

(世界遺産登録推進室長)
 いや、今18箇所くらいつけていますけれども。

 

(市長)
 あと何箇所くらいだろうか。

 

(世界遺産登録推進室長)
 あと、付け替える分で、国道444号線から佐野常民記念館の方に曲がるところに、今佐野常民記念館の案内をしているF型の案内板がありますけれども、あれが大きいものに付け替わる予定です。

 

(市長)
 今、柳川って言われたじゃないですか。だから、早津江大橋を渡って、大川から来られる方の対応はできているのかな、と思ったところだけど。

 

(世界遺産登録推進室長)
 大川側から来る分については、まだ付けられていませんけれども、国の方で、国土交通省の方が橋のところに案内板を付ける予定にされています。

 


質問・意見3

 アクセスのことについて、道路誘導標識の整備でございますけれども、今回付けていただいたのは、栁の内の交差点を西に行って佐野常民記念館に向かう道の入口のところですけれど、佐野常民記念館の案内板が横書きで付いていますが、三重津海軍所跡の案内板は縦書きの案内版です。縦案内と横案内で、縦案内は非常に小さくて、目立たないです。目は横についているものですから、縦より横に付いていた方が、目立つもので、これが風力とかその他の理由で大きくできないと聞きましたが、大和インター出口付近には、三重津海軍所跡という大きい横書きの案内板が付いていますから、縦案内のところにも、同じように佐野常民記念館の横案内を期待しておりました。しかし、縦案内で非常に目立たないということですね。

 

(世界遺産登録推進室長)
 今お話されたのは、佐野常民記念館0.5kmという案内板です。また、その案内板が設置されている交差点をちょっと西に行った場所にも、反対側から来られた方のための案内板のF型がありますけども、これが大きいものに付け替わります。ただ、県で付けていただくことになっていますので、おそらく10月くらいに大きいものに替わる予定になっております。

 

(市長)
 諸富から来られる人は、これで分かるけれども、柳川方面から早津江に入った人たちに分かるような案内板の設置については。

 

(世界遺産登録推進室長)
 大川から入ってくる、ちょうど小柳病院の方に行く時に橋が架かっていますけれども、その橋のところに、国土交通省で既に目立つよう取り付けがされております。そこは国道444号線です。

 


質問・意見4

 柳川、大川、諸富経由の方しか考えていないと思いますけれども、最近はそっちの方に回るよりも、筑後川の橋を渡って、大野島を抜け、早津江橋を渡ってくる人が多いんですよ。ところが、早津江橋まではいいんですけど、それを渡って、その後どう行けばいいのかっていうのが全然分かってないですね。その辺の看板をお願いしたいと思います。

 

(市長)
 枝国先生のところまでまっすぐ、あの信号まで、ですね。途中では下りられんとかな。

 


質問・意見5

 早津江橋を渡りますと、国道444号線と行きあたりますね。そこの角のところで、全然どっちに行ったらいいかっていうのが分かりません。

 

(世界遺産登録推進室長)
 今は付いていません。今、順次、付け替えとか新設していますので、足りない分については今後調整をして、付けられるものについては、付けていこうかと思います。

 

(市長)
 今日はせっかくの機会ですので、ここがよかばいていうところがあったら、他にも言っていただくと。まずは、さっきの分ですね。

 


質問・意見6

 それと、あれを北に曲がってこられると、この北側の入り口にはたぶん付いていたと思います。

 

(市長)
 旧道のところですね。

 


質問・意見7

 栁の内は、南から来るのは分かりますけれども、光法から来る北側は付いていない。

 

(世界遺産登録推進室長)
 北から来るところは1箇所付いています。光法の方から。

 

(市長)
 光法から、左に曲がれっていう指示は出ていたかな。

 


質問・意見8

 最近、大詫間まで行ってしまったお客様もいらっしゃいます。

 

(世界遺産登録推進室長)
 栁の内で曲がる手前のほうに1箇所設置をしています。

 


質問・意見9

 今日はこのような市長さんとのお話合いを設けていただいて、ありがとうございました。平成26年3月25日にまちづくり協議会の発会式があって、その後、毎月定例会を開いていますけれども、その時に必ず、市の世界遺産登録推進室の方がお見えになってくださるんですよ。そして、私たちが、疑問に思っていることとか、これからどういう風になるかとか、そういうことも本当によく説明してくださいますし、それから、私たちは学校への働きかけを重点に置いていますけれども、そのためのパワーポイントを作って、去年も行いました。今年度は保護者の方も一緒にしたんですけれども、それもすごく世界遺産登録推進室の方が大体筋書きを作ってくださって、それを私達も一緒になって、一緒に作って、教育というか理解をしてもらっているんですよね。すごく好評です。今回登録になって、案内をする時に必要なものがあると思ったら、今のようにこんなに拡大して、ガイドに必要なものを作ってくださるし、それからイコモスから、質問の多かったものを拾って、推進室の方がちゃんと項目別にまとめて作ってくださるし。私は、この行政と住民がこんなに一緒になってやれているっていうのは本当に珍しいと思うんですよね。だから、これを市長さんにお伝えして、すばらしい市の職員さんたちがいらっしゃって、一所懸命頑張ってくださっている、一緒にやってくださっているから私達もがんばれているっていうのをお伝えしたかったんです。それで、まちづくり協議会歴史・伝統部会の意見は部会員の2人が説明します。

 


質問・意見10

 7月5日にこの三重津海軍所が世界遺産に登録決定になったこと、とても嬉しく思っております。私は、5月から勧告後にここで歴史ガイドをさせてもらっておりますけど、来訪者が月ごとに増えていっているので、とても嬉しく思っております。毎回部会の例会を開いており、6月7月8月もありました。私たちのガイドしているところの気づき、要望を市の方、県の方が聞いてくださって、来訪者の方からの質問も色々あり、それを、私たちの情報の蓄積として、またガイドの方でそれを生かしております。本当に色々ご協力いただいてありがたく思っております。
 私がガイドをして思っていることは、佐野常民記念館を思い切ってリニューアルしてはどうかということです。1階、2階、3階それぞれの資料が展示してあり、来訪者が大体1時間から1時間半でここを見学されます。その時間帯が、有効に、適切に、また系統性をもって活用できるためには、このままではどうかなって。私たちガイドの説明で、思いが十分に伝わる、私も不十分なんですけど、まだ、思いが十分に伝えていないように思えますし、また、昨年の12月にオープンした3階のインフォメーションコーナーも十分に生かされてないんですよ。それで、私が個人的に考えたのは、まず、3階にあるインフォメーションの事なんですけど。3階にあるドライドックの実物パネルですね。それと、ドライドックの仕組みを10分の1にしてあるジオラマ、それから、佐賀の近代化という映像画面がありますけど、それを1階に持って来てほしいなと思っております。それはなぜかと言ったら、1階のオキュラスリフト1回の視聴が5名ずつなんですよね。それで、団体さんで来られた時は、10分15分図書室でじーっと待っておられるんですよ。その時間が勿体ないから、その時間で、実物パネルとかそういうものを見ていただけたらと。また、こういう暑い最中、外でVRスコープを使われても、見所ポイントの5箇所のうち、1、2箇所で立ち止まって戻ってこられる方もおられますので、そういうところを考えていただけたらどうかなと思います。それで、今年でこの建物11年目になり、生涯学習の場として、図書室が設定されたと思います。10年を節目として、思い切って、1階を三重津海軍所の資料館、2階を佐野常民先生の資料館、蔵書の一部を3階に移動して生涯学習の場なり、近場の世界遺産の紹介等なり、佐賀県の観光紹介の場所なり、それから展望コーナーもありますので、そこで、色々あってもいいかなと個人的に考えております。
 それから、佐野常民記念館の玄関口にあっとするような視覚的なものがあればと思っております。この三重津海軍所は見えない遺産で、今も宝物が地下に埋まっております。本当にパネルや映像しか見られないから、やっぱり入ってきた時、玄関にあっとするようなもの、三重津海軍所ってこういうところなんだっていうのを設置していただけたらどうかなって思っております。今は布施の大砲が玄関口にどんと設置されていますけど、これも、場所が可能であれば、1階は三重津海軍所ってことで、考えていただけたらと思います。
 そして、来訪者の中には、反射炉のことを時々聞かれます。3階のインフォメーションができる前には、反射炉の説明のパネルも置いてありました。だから来られた時にその説明も、あーここだったんですね、とかいろいろお話ができたんですけれども、今はそれが全然ありません。それから佐賀の近代化に取組みをするためには、ここを築かれた10代藩主直正公の画像も見えやすいところに展示してほしいなって。本丸で三重津海軍所のお話がありました。三重津海軍所を説明する時には、一番は10代藩主鍋島直正公が設けられたものであるということを、学術員の先生がお話されましたけど、やっぱり藩主の考えがあって、そして、佐野常民さん、精錬方、いろんな人がここに関わっております。今の施設案内が、あまりにも、施設建物ばかりの説明になっているので、人がそれにどれだけ関わっているのかっていうのをもっとPRができるものがあればと考えております。
 次に、来訪者対応です。さっき、保全会の方から、暑さ対策のこと言われましたけれども、私もそう思います。で、日傘が大いに役立っております。これはすぐに備えていただきましたので、感謝しております。それから、外回りされた時に、やっぱりハアハア言いながら戻ってこられますので、無料の水提供、ちょっとしたところには置いてありますよね。紙コップですぐ飲めて、冷たいものがこの暑い期間限定で設置できたらいいかなと思います。外側に自動販売機がありますけれども、お茶が2つしかない、後は炭酸飲料とか甘いものばっかりしか設置されていないんですよ。お茶っていうのは本当少ないです。だから、水もよかったら提供してほしいなと考えております。 
 また、日よけのことは、先ほど言われましたので、私からもぜひともお願いしたいなと思っております。以上です。

 


質問・意見11

 私は、三重津海軍所跡の現地の方で、外でボランティアガイドをしております。特別用事がない時以外はほとんど毎日ガイドをしております。これだけは、誰にも負けないと自負しております。直接お客さんと話をして、いろんな課題が出てきます。来訪者に説明をしますと、ありがとうございましたと、お礼の言葉をいただきます。そしたら、本当に私も嬉しくなって、次の日また行きたいという気持ちになりますので、そういった気持ちで頑張っております。
 1番目は、目に見える取組み。これもいろいろ出てきました。今のところ、現地に来ても何もありませんけど、修覆場地区で今ドライドックをVRスコープで見ていただいております。そうした中で、やはり非常に喜んで帰られる方もいらっしゃいますけれども、来てもどうしても、がっかりして帰られる方が非常に多いということですね。広告が必要であるという風に思っています。特に、私は、見所の1番のポイントの説明をします。2番のポイントに行く前に、来訪者にドライドックの場所を具体的にここら辺ですよと教えております。そして、10月以降に、未調査部分の調査が開始されますので、そのことを、来訪された方にドライドックが見えるかもしれないという形で説明して、期待を持って帰ってもらっています。今の状況では、1回来訪されたら、2回目も来る人たちが、ないんじゃなかろうかと思っております。
 2つ目に、凌風丸の模型等作って、先ほどあったように展示したらどうかと。またはこの船で、具体的に早津江川クルージング等行う、というような形で思っております。
 それからもうひとつの船屋地区は、今、江戸時代の古記をもとに、今とほとんど変わってないという説明をしております。これを今も現存して、漁船が避難場所として使っているという説明をしたら、非常に喜んで帰っていただきます。稽古場地区も同様に鉄砲の標的の場所とかも残っておりますので、そこも説明をしております。とにかく目に見える形でお願いしたいと思っております。
 それから、3つ目に、活性化対策でございます。周りには店舗とかほとんどありません。お土産店もないです。食堂もあまりありませんけれども、そういった中で、地元の自治会なり、商工会等に呼びかけを行って、検討する必要ありと。登録から1か月経過してもほとんど動きがないという状況でございます。そういった中で、ひとつは、キリンビールが、世界遺産登録記念として、九州各県の世界遺産の登録地が入ったキリン一番搾りを7月14日から販売。で、同じく、キリンビバレッジですね、こちらコーヒー関係でございますけれども、販売がされています。そして、佐賀県の鹿島の光武酒造が展示しています。こういった三重津海軍所の映像を書いて、すぐに販売されました。これは酒の方と、焼酎の方といった形で販売がされています。私もさっそく買ってきました。(実物を見せて)こっちは焼酎でございますけれども、酒の方もこういった形であります。こういったものを是非佐野記念館で、三重津海軍所の記念品として、早くしてほしいと思っております。なかなか地元にこういった動きがないと思っておりますので、働きかけを、ご出席の皆さん方には、是非お願いしたいと思っております。地元には全国1の海苔ですね。それから、粕漬けや、佐賀牛、そういったものがございますので、合わせてお願いしたいなと思っております。
 それから、同じくまちづくりの活性化対策ということを書いております。この三重津海軍所があった早津江は古くから河港として栄えて、廃藩後の各種販売業、運送業の拠点でありました。この世界遺産を契機に、やはりまちづくりの活性化が必要であると私思っております。昔の町並み調査と、今出てきております地域創生事業として、取り組みができないかと思っております。地元で生活ができるように、佐賀市内等で就職ができて、今この辺はほとんど空き家が出ております。そういった中で、移住してもらって、世界遺産のある町に住むと、非常にアピールになるんじゃなかろうかと思っております。あと事例として、塩田津の事例や鹿島の浜町の事例、こういった伝統的建造物の保存を指定されています。こういったものを事例として取り組む必要があると思っております。
 あと、5つ目に、世界遺産登録を契機にNHKの大河ドラマ、火城・高橋克彦さん、こういったものを実現に向けて取り組む必要があると思っております。大分県の中津では大河ドラマの黒田官兵が放映されていた時は、来訪者は多かったんですけれども、今ほとんどないという話も聞きました。こういった形にならないように、対策が必要であると思っております。
 また、観光対策として、先ほど言いました筑後川昇開橋ナイトクルーズ、これが、市報の中に紹介されておりました。三重津海軍所、あるいは、深川造船所、対岸の若津の深川造船所、それからデ・レーケ導流堤、それから筑後川昇開橋、こういったものを含めて、クルージングができないかと今もいくらかあります企画をどんどんやってほしいと思っているところでございます。観光振興対策、これは、先ほど説明がありましたので、省略します。
 そして、佐賀空港を拠点として、三重津海軍所跡、東よか干潟公園、それから佐賀城本丸歴史館等をめぐる団体ツアーを旅行会社と連携して実施をしていただきたいなと思っています。佐賀空港を拠点として、各県の世界遺産を巡る企画もできるんじゃなかろうかと思ったところです。
 特に、三重津海軍所跡は、大川とか柳川市、要するに、三重津と同じように河港として栄えた町でございます。こういった、大川や柳川と連携して、観光対策が必要じゃなかろうかと思っています。佐賀県だけじゃなくて。で、昨日か一昨日の新聞に出ておりました、西鉄柳川駅が非常に佐賀駅にも近いところにあります。そういった中で、西鉄柳川で企画されたのが、10月4日から天神と大牟田間を結ぶ西鉄でございます。水都観光列車を運行します。水郷で知られる柳川市に観光客を取り込むという企画を実施という形で、こういった新しいデザインをした車両が作られます。そういったものと働きかけを行って、三重津海軍所に来てもらうという形ができないかと思っています。
 それから、佐賀の旅を、早稲田大学生が観光ルート提案ということで、今年の3月15日に掲載された新聞に掲載されております。まだ、三重津海軍所が勧告される前でございますが、それにしても、こういった学生たちが実際、佐賀空港に来て県下を回った中で一番多かったのは、東よか干潟公園と書いてありました。まだまだ三重津の流れができておりませんで、残念に思っているところです。
 あと、佐賀新聞の声の欄に投稿した記事があります。私が、先ほど述べたものを要約して書いておりますので、あとで、見ていただきたいと思います。
 最後に、ちょうど8月5日にNHKで三重津海軍所跡のことが放映をされたので、そのことを述べます。三重津海軍所跡の登録から1か月が経過し、地域振興対策が課題だということです。三重津海軍所跡が世界遺産に決定し、その後、動きがありませんと。今のところ、先ほど私が言った、こういった記念品がありますと。世界遺産を契機に地域全体を盛り上げる動きが必要でありますと。そこで、今日の話になったという形でおります。地域住民と行政が一体になって、地域振興にどのように繋げていくかということが課題であります。とにかく私は世界遺産登録の思いを分かっていてほしいと思っています。佐賀県で初めて、ここだけが、三重津海軍所であります。そういった中で、県も市も含めて予算の枠を増やして地域一体となって、私が要望したことの実現に向けて、取り組んでほしいと思っております。以上です。ありがとうございました。

 

(市長)
 今、3人さんから、いわゆる現場で毎日活動をされている、そこから経験に基づくお話をいただきました。すべてが参考になります。ただ、現実的にこれをそのまま全部取り入れるかと言われると、そうはいかない部分もあります。やっぱり、市としても、その効果の部分、あるいは、長く続くかどうかをやっぱり考えなければなりません。だからと言って、そういう議論ばかり先にして、何もしなかったら、何もならないということですね。だから、できるものからさせていただくということですね。
 そういう中で、私が一番当初に問題提起をいたしました、いまのこの展示館的なものでいいのかどうかですね。これは以前私たちが描いたものは別にきちんとしたものを造る必要があると。ここは佐野常民記念館だと。関連性はあってもやっぱりちゃんぽんしてはいけないというような部分で。ただ、とりあえずはお借りする、間借りする、そういう部分はあるとしても、次のものにどうつないでいくかというのがあるわけですね。ただ、いろいろ地理的な条件。ここが位置している立地条件等踏まえると、結構理屈では言っても、空き地的なものを探すとなると。今日私もここに来る前に南の方に向かって見たのですが。最近、ある土地を市に寄贈するという寄付の願いも出て、非常にありがたい話ですが、そこだけでも、やはり土地が足らないという部分もございまして、だから、あれもこれも全てをするわけにはいかないけれども、ここに提案いただきました中からすぐにでもできそうなもの、少し時間を置くもの、或いは、できないもの、選択をさせていただきたいなと。
 そういう中で、少し長期的に考えますと、この建物の利用をどうするのかと、先ほど提案があったようにとりあえず、おいでになったお客さんも非常に戸惑いを感じられていると。そういう中で、ある程度コーナー的なものをまとめた方がいいのではないかと、これは非常に参考になりました。ただ、佐野常民記念館を造られた時の当初の趣旨というのがございます。そういった部分もありますので、それを壊してしまっても困りますので、関係者の皆さんとそういった部分について、話をさせていただいて、とりあえずどうするのかというのを含めて、議論をさせていただければなと。そういう議論をするのに非常にいい案を、問題点を、指摘していただいたことに対して、私の方から感謝を申し上げたいと思います。
 それともうひとつ、外での部分ですね、今、来訪者の案内をされて、気付かれた部分、これも取り入れられる部分結構あるんじゃないかと思いますので、担当部署と精査をして、そして、先ほどから繰り返し言いますが、できるものは早期にやると。費用がかかりそうな部分については、補正でもつけるというような形で、していきたいと。これを当初予算まで待つとなると、間が空いて、くしゃってしまう可能性もありますので、できるものは補正でも議会にお願いして取り組む、そういうふうな形で、やっていくと。そして、一気にもっていけない部分もあるかも分かりませんが、長い目で、施設運営ができるような形でさせていただきたいと思います。ここに申しますと長くなりますので、こういう方針ということを話させていただきたいと思います。

 


質問・意見12

 ひとつだけ言いたいことがあります。先ほども言っていましたけれども、ここはあっと言うことがない訳ですね。だから、あっと言うものを是非すぐに作ってほしい。すぐにできるものは何かと言うと、私は3階にあると思うんですよ。というのはですね、ガイドボランティアをしていて思うのが、エレベーターで3階に行った時と、階段で行った時とを比べると、階段で行った時は、エレベーターの前に設置してあるドライドックの実物大パネルを見ないんですよ。だからそれを館の外に、館の壁か、堤防のところに実物大のパネルを置いてほしいと思うんですよ。そしたら、あっと驚くんじゃないかなって思うんですよ。これは、私自身が決定後にこの三重津海軍所跡に来て、この実物大のパネルを見て、驚いたことなんですよ。だからそういうものを是非外にボンっと置いてほしいなって思いますよ。そして、中に行けば、詳しく、実物大のジオラマとか、いろんなものがある訳でしょ、スコープとか。そういうものがありますよっていうことを紹介してほしいなって思います。以上です。

 


質問・意見13

 ちょっと一言、今のに付け加えて。私も全く同じです。というのは、今夏休みに入って、小学生がお母さんと一緒に課題研究ということで来るんですよね。そしたら、私がいつも言うのは、3階に行ってごらんって。3階にドライドックの実物大パネルがあるから、そこに手をあてて、どんなに大きいかを、お母さんに対して、子どもさんと実物大パネルと一緒になったとこを撮ってくださいって。そして、こんなに大きいっていうのを研究に写真をつけて出してくださいって、私言うんですよね。それは、私が最初にこの実物大パネルを見た時に、世界遺産登録推進室の係長が、ほら私よりこんなに高いんですよってされたんですよ。その時の印象がものすごく残っていて、同じように来られた方に言うと、お母さん方が、ありがとうございました、いい写真が撮れましたって言って、帰られるから、私はいつも小学生で課題に来られた方には3階のあそこで写真を撮ってくださいって言っています。

 


質問・意見14

 関連して、ドライドックの実物大パネルが3階のエレベーターのところにございます。あれを時の架け橋の北側の通路のところに、少し、風とかそういうものの影響も考えた上で、ボードにして貼ってみると、見せてみると、非常に分かりやすいと思いますね。

 


質問・意見15

 私は技術者の端くれなもんですから、そちらの観点から、興味あるというか、お願いごとをします。
 なぜドライドックは価値があるのか、この説明が何もなされていない。凌風丸を作った、確か初めての船だから、日本で初めてだから、そういった意味では価値がある。ただ、私も造船屋でございます。造船屋の立場から言うと、船っていうのは総合作業なんです。そのために鉄とか、石炭とか、そういう絡み。昭和40年代、日本の造船業は、世界の建造量の半分以上を造っておりました。そのバックには鉄が豊富に供給できるエンジンとか、いろんな大型機械が供給できる、それが造船業発展のバックグランドですね。その原点がここにあるのかな、三重津海軍所跡。で、ドライドックが何で海軍用になっているのか、技術的に。それと、ご存知のとおり、あそこは潟でございます。潟に鉄の船の大型船を乗せるのにどうすれば良いか。違う技術者的に興味があるのは巨艇がどのように補強されていたのか。あれだけの重たい船を。これから、ドックを発掘してもらえると思うので、それは分かると思うんですけれども。単純に考えれば、大体ああいうものするのは、昔の石ですよ。下に石を敷き詰めてやる。ただですね、この辺は、石花と言えば、皆さんご存知かと思いますけれども、要するに牡蠣ですね。牡蠣を昔はどうも補強に使っていたような形跡があるんです。諸富町にポンプ場を作りました。それを建てる時には中からいっぱい石花が出てきた。私の近所に、耐震工事、個人の家の耐震工事をするのに、5mから6mの杭を打ちたい、木の杭を。ところが入らない。なぜか、下に石花を敷き詰めた跡があるもんだから、6mの木材を1m切って、家を建てると。どうも石花をそういうところに使う風習というか、文化があったような気がします。これはちょっとまだ分かりません。ただ、ここまで2、3人の意見を聞いて、実は木島さんの方から、もしかしたら拠点は石花が敷き詰めてあるかもしれないという話を聞いたもんですから、それで非常に頭が痛くてね。
 今回の世界遺産というのは、基本的には学術的に価値があるから世界遺産としてなっている。前も言っているんですけど、富士山とか、外を見てきれいだから。だけど、ここは来ても何もない。何もなくてもいいんです。学術的意味をきちんと皆さんに説明をして、そういう説明ができる場所に是非してほしい。もうひとつ言えば、私は、明治の一番価値があるのは、このドックプラス反射炉だと思います。私は高校3年の時、萩の反射炉に行っています。だけど、その当時、何だこの石積み、何の価値があるんだろうと思っていたんです。で、それから40年か50年ほど、神戸で過ごしまして、帰ってきて、この世界遺産の話に関わる時、佐賀大学で、萩の方が講演会されて、それで初めて反射炉の価値が分かりました。あの当時の反射炉というのは近代的な製鉄設備なんですね。で、佐賀に来て萩の反射炉を学んでいる、それを萩の方が文言を解読して、萩の藩主が佐賀に行って勉強して来いと、こういったことを言われている、ああ、なるほどなと。そういった意味で、萩の反射炉は価値があるし、それ以上に価値があるのが佐賀の反射炉だと思っています。もうひとつ言うと、萩の反射炉は、結果的に実用化されてないですね。ところが、佐賀の反射炉は大砲とかそういったものを作るということで実用化されているんですね。といった意味ではドックプラス反射炉っていうのは、価値がある。できれば、そういったことをトータル的に関連付けた説明なりをしてほしいし、我々もドックなり、佐賀の昔の明治初期の頃のものに価値があるということを皆さんに知らせることが、継続的に皆さんに見に来ていただけるものではないかと、そういう風に思っています。
 それと、客が来ようが来まいが、やっぱり子どもたちに佐賀にはこういう優れたものがあったというのを教えるのが、我々の役目です。特に教育部長もお見えでございますので、是非そういった観点からのアプローチをお願いしたい、そういうことでございます。

 


質問・意見16

 私から2点ほど。案内板が18箇所、設置、改修するというお話をお聞きしております。三重津海軍所跡という一般的な表示をしているのみであって、その三重津海軍所跡の前に、世界遺産という名前を入れて、目につきやすいものを見ていただきたいと思います。
 それから、もうひとつ、来られた方は記念写真を撮りたいと思います。そこで、VRスコープとかその中からいいものを出して、皆さん集まった所に、何月何日三重津海軍所世界遺産という名目を入れた記念写真を撮るような、縦看板なり、横看板なり、そういうものを設置していただければ、来られた方がその写真を見て、またさらにPRされると思います。そういうことでお願いしたいと思います。

 


質問・意見17

 市長さんに聞きたいんですけれども、三重津海軍所が非常に言われていますけれども、三重津海軍所の前に、もうひとつ大事なものがあるんですよ。というのは、精錬方なんですよ。あの場所をこれから先、どのようにお考えなのか聞きたいんですよ。

 

(市長)
 今のところは、精錬方の場所は分かっておりますが、どういう姿にするかっていうのはまだはっきり決めておりません。話がまだきちんと整理できていないっていうことでございますので、あの部分をどうするっていうのはなかなか言いにくい部分がございます。持ち主の方おられますので。

 


質問・意見18

 私としては、あそこの場所をできれば市で何とか買い上げていただいて、それで子どもたちがあそこに行って勉強できるような精錬方公園のようなものをそこに設けたらどうなのかなという気がしますけれども、どうでしょうか。

 

(市長)
 先ほどから出ていますけれども、反射炉ですね。築地の反射炉がまだどこにあるのか分からんのですね。しかし多布施の部分はおそらくここだろうというところが。ただ、ある会社の社屋がそこに乗っているということで、その辺の整理の問題もあります。そして、精錬方ですね。どういう形で残すとか、生かすとか、そういう部分の整理が、市ができていないのが率直なところでございます。そこまで踏み込めたらいいけれども、予算的なものもあるし、買っただけじゃ、ぺんぺん草ですね、生えさせてしまいますので。あとの活用の部分も含めて、考えなければならないということで、そっちの方は、今のところ、そのままちょっと止まっているようなところで。ただ、そういう一連の流れというのがありますよと。切れるものじゃない。そういう時代的な背景、そして、それの活躍、光っていた、輝いていた時代を紹介しながら、その中心になるのが、三重津海軍所跡だと。だから、それも先ほど申しましたように、こういう形でいいのかというのが出てきましたので、急ぐのは、どれからかと。
 それともうひとつ、お土産の問題も先ほど言っておられましたが、お土産の問題もやっぱり大事です。市としては、出してください、という基本お願いだけれども。役所でお土産を作るわけにもいきませんので。まずは、諸富、あるいは、川副ですね。そういうところでお土産になりそうなものを紹介していただくか、あるいは開発していただくかですね。そういう部分も必要ではないかなと思っております。

 


質問・意見19

 この記念館に学校の授業が来ます。その時に、反射炉からの一連の流れをずっと説明するんですけれども、ここだけしか見られないでしょ。だからできれば、反射炉跡とか、精錬方跡地の方も何とかしてもらえたらなという気持ちで言いました。

 

(市長)
 はい、ありがとうございます。ただ、それを直ちに全部発掘するっていう訳にもいきませんので、とりあえず、そういうのがつながっているっていうことだけは、当時を知って、現在地はどこだということを示して、子どもたちに頭の中に入れてもらうっていうのが、最低していかなければならないことだと思います。

 


質問・意見20

 三重津海軍所の世界遺産登録になりまして、非常に長い間、それぞれの立場の皆さんの思いが成就したと思います。今日の市長と語る会も今すぐ、工夫しなければならない施設であるとかそういうものもありましょうし、少し時間をかけて、短期、中期、長期に見てみると、たまたま昨日三重津海軍所の世界遺産登録記念フォーラムというのが佐賀大学でございました。これが大学の先生から提言とかありましたけれど、やはり皆さんがおっしゃるのは、この三重津海軍所。
 三重津海軍所は元々4、5年前は、2つの反射炉と精錬方と。佐賀から4つの遺産を世界遺産にということで、のぼり旗もつけて運動したんですね。ところが3つは残念ながら、今の時点では、なかなか思いが届かない。世界遺産はとりあえず、三重津に特化して、三重津に絞って、世界遺産をまず、佐賀から挑戦。その後、条件が整えば、いろいろと調査をして、条件を整えて、2つ目、3つ目、4つ目ということになるかと思いますけれども。やはりこの三重津海軍所の世界遺産登録は、ここだけすれば、ある意味では、ゴールになっているようですけれども、この4つのスタートだというのはあります。だから、今日も色々発言がありましたように、三重津を復元しても、こっちがございませんし、世界遺産としてはそれは意味がないわけですから。まあ、どこかにそれの何分の1かのものでご来館者に体験していただくようなものも必要でしょうし。それから、韮山と釜石を除くと、23の中の、21は九州と山口にあるわけですから、その地図を見ますと、鹿児島、長崎、北九州の真ん中に佐賀があるわけですから、三重津に行くとその23がほぼ1度で確認ができると。その辺は、ビジターセンターのようなことも考えるべきかと思います。長期中期、そういう意味で、今日はいろんな意味ですぐできるものもありましょうし、佐賀のあと3つの遺跡をどうするか、遺産をどうするかということは、中長期になっていこうと思いますから、それは、ぜひ、今回の三重津が入口スタートで、その4つがはじめて日の目を見て、佐賀の歴史がひと通りすると思いますので、市長さん、是非そういうことも合わせて、お願いしたいと思います。

 


質問・意見21

 ドックですね、3階の。あれが今のままだと、エレベーターで上がって来られても、あれを見ないで、まっすぐ入られる。だから、説明の人が1人入っていただけたらなと思うんですよ。私たち湯茶接待のボランティアが言わんといかんような感じで、私たちもうその説明をしたらいけないし。だから、説明の方が1人3階にいていただけたら助かります。

 


質問・意見22

 凌風丸、船、あれを東与賀に持って行っているでしょ。あれをもう1回引き戻して、お客さんにあの船を見せて、そして、上がってもらったらどうやろうかねって思って。

 

(市長) 
 あれをここら辺に残していると、世界遺産にはならないと、いうことですね。そして、正確な資料にも基づかないで造った部分については、そういうのは紛らわしいと、世界遺産そのものから外れろと言われるということで、わざとあっちの方に。だからそれくらいに厳しいものです。ちゃんとそこに本物があればと、本物というのが、一番大事にされています。そういう言い方であると、あれをこっちに持ってくるというのは大変だろうなと。ここの中にもあったように、船を浮かべたらとそういう声もありますが、違った形ですね。

 


質問・意見23

 3階にドライドックを展示しているでしょう。でも、3階まで行かれんけんね。下の方で何かめぼしいものを置いてみたらみんなが見れるね。

 

(市長)
 どうなるかは分かりませんが、ちょっと私が頭の中に描いているのは、当分ビジターセンター的なものを造るにしても時間がかかる。だからそういう中で、先ほどから出ていますように、この建物の中で分散して見ていただいているものを、ある程度フロアを整理するという分でしますと、やっぱり1階のフロアでそれなりの分を。3階だけじゃちょっと足りないものですからね。だから、そういうことでしますと図書室とか多目的ホールが非常に制限される、そのことで、佐野常民記念館を運営する側ととりあえずそういう形で、相乗効果じゃないですけれども、そういうことを考えてもいいのかどうかですね。それは難しいと言われると、また違う形にせんばいかんですけどね。そこくらいは今日お集まりの皆さんの意向というものを聞かせていただければと。それで決まりではないけれどもですね。それはだめだ、と抵抗される形になるのか、ならないのか、そこら辺はもしあったら、できたらそういう形は方法としては早めにできそうな感じがしますが。

 


質問・意見24

 私の知り合いが三重津海軍所跡を見に来たんですよ。そして、3階をまず見て、3階でドライドックの模型とかいろんなもの見て、そして、2階でVRスコープを見て、そして、1階に来て説明したら非常によく分かったって言うんです。だから、私は、3階を見られましたかとか、帰る前に1階は必ず見ていってくださいって言っていますけどね。3階はやっぱり見てもらわんと、イメージがわかないと思います。

 

(市長)
 1階の図書の部分を別のところに動かすとかですね。佐野常民記念館から移すということは考えられんですか。

 


質問・意見25

 私は、図書室はそのままでいいと思うんですよ。ここで、図書の職員をされている方に聞いたら、最近は新しい本が入って来てないって言われる。古い本は蔵書があるけれど、新しいものは南川副の図書館で借りてくださいって言われていて。本はやっぱり、あっていいと思うんですよね。だから、全部を、図書館を、3階に移動するんじゃなくて。必要スペースの中で、子どもたちの遊び場もそこにあるんですよね。図書館の中に、フロアの中に。子どもたちがゆったりとできるところもありますけれど。その辺を有効的に、これはここに置いたままでいい、これは3階に、とかいろいろ考えていただいて、有効的にこの場所を。
 私が思うのは、多目的ホールが半分になれば。多目的ホールの北側の部屋を資料室か何かにしていただけたらいいかなって。ここは会議室として、いろいろ会議とかが入ってくるので、必要だから。北側のスペースだけでも部屋の部分を少し展示室に。入ってきた時にやっぱりあそこに三重津海軍所のこの場所なんだと。
 それから3階のあの映像、ものすごく意味があるんですよ。あれを是非とも見ていただきたい。歴史の流れとか、世界遺産の価値とか、4画面ですね、収録されていますけど、そういうのをやっぱり実際見てもらう、正しく伝えてくださるから、歴史的意義をですね。だからそういうのを1階に持ってきたほうが。団体さんでいらっしゃった場合は本当に3階の活用が少ないです。3階まで行かれるのが。外を回って、それから1階、2階の佐野先生のコーナーも見られますので、そこだけで、目いっぱいなんですね、時間的に。1時間半から2時間あれば3階をゆっくりと資料を見られると思います。

 

(市長)
 さっきの意見とはバッティングしませんか。

 


質問・意見26

 バッティングします。3階にいい資料があるからですね、私はこれを見られた後に、3階をご覧になりましたか、いいえ、じゃ、是非3階見てください、と。それから、1階もまた感動しますよって言って、帰りに、ありがとうございました、よかったですって言われるから。今のところ3階にあるから、是非3階を見ていってくださいって言っています。
 それを下に降ろしたらもっといいですよ。言わんでもよかですもん、3階ご覧になりましたかって。今は3階ご覧になりましたかって言われたら、いいえ、じゃ、1階は?って言ったら、来た時すぐ見ましたって言いわれる方もいらっしゃるし、帰りにはぜひ1階見てくださいって。必ずありがとうございましたって言って帰られます。

 

(市長)
 いずれにしたって、今日は時間がありませんので、とりあえずはここの佐野常民記念館をしばらく使わせていただいて、有効にするという手で行かないと、本来の理想的な姿にはいっぺんには持っていけないと思いますので。それで、内部の展示関係については、色々館側の運営の仕方もありますので、もう少し改善できる余地があるかどうか、探らせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

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