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やればできる(2019年4月3日)

更新:2019年04月 3日

4月はじめ、市長室から見える市役所南側の桜は満開である。

新しい年度に入り、新任の副市長と45人の新規採用職員を迎えた。

4年後に迫った国民スポーツ大会と全国障がい者スポーツ大会に向けての取り組み、駅周辺整備、子育て、バイオマスなど、佐賀市が取り組まなければならない課題は山積している。

これに加えて、これからの佐賀市には、もう一つ克服しなければならない課題がある。

それは、昨年度失墜させてしまった議会や市民の皆様方の信頼を回復させることである。

私は4月1日の幹部職員への辞令交付式でも「やればできる」との思いを込め、「みんなで頑張ろう」と呼びかけた。

そんな時、私を勇気づける古い出来事を思い出した。8年前、東日本大震災で佐賀市に避難されていたS氏が自分の故郷である福島県いわき市で発行されている地方紙に寄稿されたものである。

見出しを「佐賀発ひなん通信」としてその時までに2回寄稿されていたが、その中の1回目の分を紹介する。

 

【佐賀市の被害者対策】

2011年3月15日、福島原発が爆発したとの報を受けて、病後の母とともに福島空港から臨時便で羽田へ脱出した。深夜だった。空港内のホテルに一泊した後、兄夫婦のいる大阪のホテルに合流した。兄は仕事で大阪に滞在中だった。

結局、行き場を失い途方に暮れるなか、当時の橋下大阪府知事が被災者に2千戸の住宅を提供するとの発表があった。すると各地の自治体が、次々と競うように被災者支援の声を挙げた。

そんな最中、母の実家のある佐賀の従兄達から、たいそう心配しているとの電話をもらった。いわき市にいるときは、電話が不通で所在の確認もできなかった訳だ。窮状を訴えると、佐賀の被災者対策を調べてみるとのことだった。

大阪府と大阪市に、住宅の件で問い合わせてみた。どちらもまず罹災証明書を提出せよとのことだ。それがなければ受け付けないというのだ。いわき市に罹災証明書の発行を求めたところ、災害対策で手いっぱいで発行はできないとのことだった。考えてみればもっともな話である。手詰まり感のなか、従兄に教わった佐賀県と佐賀市の担当者に電話をしてみた。佐賀県もやはり罹災証明書を求めてきた。

だが、佐賀市の担当者は違っていた。あなたを信用するから、罹災証明書は必要ない。用意できる佐賀市の市営住宅は9戸です。早い者勝ちだから、今この電話で入居を決めてください。

気が付いたら吸い込まれるように佐賀へ向かっていた。

佐賀市役所での入居の手続きも素晴らしいものだった。

母が心臓の持病をかかえ、介護認定を受けていることで、各般の行政サービスを必要としていた。医療、保険、介護など手続きも多岐に渡り、面倒になることを覚悟していた。

だが、佐賀市役所では関連部署の職員を一堂に集めていて、1回ですべての手続きが完了したのだ。

その後も一貫して用意周到な支援対策が続いた。

佐賀での至れり尽くせりの行政対応に、驚くと同時に、地方自治のあるべき姿を、先駆けとなり示唆しているように思えた。

 

記事の中には「早い者勝ち」など、平常時なら問題になりそうな言葉も出てくるが、何せあの大震災、未曽有の大混乱の中でのやり取りである。「臨機応変の対応だった」と許していただきたい。

因みにこのSさん一家、平成29年にお母さんが亡くなられるまで佐賀で暮らされていたとのことである。

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